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星屑のテオレム  作者: 柘植加太
第一話
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能力者解放戦線

「触手おばけのさあ」

「ひゃっ! やめてくださいその話!」

 龍業高校一年一組。宣言通り六限だけ受けたいつひが話を切り出しながら席から振り向くと、机の上を片付けていた三笠華日はか細い悲鳴を上げた。

「え、ごめん」

「うっかり見てしまって、もう怖くて怖くて……」

 教科書を盾にして震える華日。ロングストレートヘアがふるふると小刻みに揺れる。そういえば重光に見せたあと、もう一度見ようとするとあの動画は消えていた。

「おい、三笠泣かしてんじゃねぇよ」

 怖がる華日に謝罪を繰り返していたいつひの背中に、ドスを効かせた声がかかる。いつひには聞き覚えのある声だ。前を向いたいつひは「泣かしてないよ!」と抗議の姿勢である。近づいてきたのは坊主頭の二年生、桜庭湊叶だ。両耳ピアスに剃り込み、改造制服。このなりで割と真面目に生徒会会計をしているのだから、人は見かけによらないということもたまにはあるようだ。

「てか、二年生が一年になんの用?」

 いつひが訝しんで聞くと、湊叶はどこか辟易した様子で「()()()に物申したい奴らが校門前に集合してんだよ」と答えた。くるりと目を一周させて、いつひは「ああ、もしかしてさっきのかな」と手を打つ。

「どうでもいいからなんとかしろ」

「待ってよ、武藤くんに連絡するから──」

 瞬間、乾いた音がして廊下側の窓ガラスが粉々に砕け散った。

「え」

 音の方を向いたいつひに、太い腕が伸びてきた。あっという間に往年の怪獣映画よろしく囚われてしまったいつひは「えっ」ともう一度短い声を漏らした。いつひを捕らえた少年は、腕を中心に上半身だけが異常に肥大化していた。腕や首筋、果ては顔面にまで血管が浮き出ているし、目なんかは白目を剥いている。お世辞にも健康的な姿とは言えない。

「おっ、お化け物!」

 思わず悲鳴が漏れるも、パニックで「お化け」と「化け物」が混ざってしまう始末。脱出しようと暴れようにも化け物の手から出ているのは頭とつま先だけで、まさしく絶望的だった。

「んだよ、この化け物(バケモン)!」

 湊叶が大声で叫びながら、割れた窓から廊下へ飛び出す。空間を圧迫する巨体に、本能が慄く。最早人間の片鱗もない姿形だが、身に着けているものから、先ほど湊叶が校門前で対応した少年だということは分かった。

「とんでもねえ奴呼びやがって、あの馬鹿(武藤)はよッ……! 三笠! 今のうちに逃げろ!」

 教室内を確認すれば、ほとんどの生徒は()けつ(まろ)びつ外に退避していたが足が竦んで逃げられない生徒が一人だけ残っていた。華日だ。湊叶の一喝で我に返ったのか、よたよたと覚束ないながらも身を起こし、机や壁を支えに何とか教室から逃げ出した。どうやら異形の少年はいつひにしか興味がないらしく、生徒たちが騒ごうが逃げようが一向に気にしていないようだった。

 湊叶は異形の少年を見据えると、その決して恵まれているとは言えない体躯で、なんと猛然と突っ込んで行く。これに素っ頓狂な声で応えたのはいつひだ。

「何してんの桜庭くん──」

 到底理解できない、と目を見開いたいつひだったが、視界から彼の姿が消えたことで湊叶の真意を察する。しかし、巨腕の死角に入ったとて、肉弾戦でこの筋肉の塊のような異形と戦いになるのか。一瞬、湊叶を見直したいつひはすぐさま表情を落胆に変えた。

「ぐぎぃ」

 そんないつひの横で、歪んだ音声が潰れた声帯から発せられる。見れば異形の少年は苦しそうにしているではないか。湊叶が何をしたのか大変気になるが、視界は異形の少年とほぼ同じのため確認する術がない。異形の少年も湊叶をある程度の脅威と認識したのか、いつひを掴んでいない方の腕で湊叶がいるであろう場所を無茶苦茶に殴りつけ始めた。一撃一撃が当然のように重い。とんでもない衝撃音と地響きだ。いつひは視界に赤い染みが映らないように目を閉じることにした。

 突然、その音が止んだ。異形の少年がぐるりと振り向いて、それからぱたりと動きを止めたようだった。恐る恐る薄目を開ければ、湊叶は染みになっていなかったし、正面には重光が仁王立ちしていた。重光のその目は、いつも一緒にいるいつひでさえも背筋が凍りそうなくらい、恐ろしい怒気に満ちている。

 張り詰めた糸のような空気、それを一気に弾いたのは異形の少年の咆哮と巨腕で繰り出すストレートだった。いつひの喉が鳴った。続いて空間に響く、「みしり」と軋んだような音。一拍空けて、異形の少年の絶叫。

 重光がその巨大な拳を片手で掴み、制していた。異形の拳が軋む音は依然続く。異形の少年は悶え、重光の手から解放されんと藻掻いているが、嘘みたいにびくともしない。訳の分からない怪獣の叫び声は、次第に弱々しくなり、声に比例するように少年の異形化は解除されていく。いつひは解放され、枯れた声で「やめてください」と懇願する少年が重光の前に居た。

 少年が力尽き、拳を掴まれたまま気絶をしたのと同時、その場にへたり込んでいるいつひから「ひょえ」と気の抜けた声が出る。

「なんだ、こいつ」

 掴んでいた拳を床に叩きつけて、少年の背に足を乗せた重光が忌々しげに呟いた。顔を上げ、凹んだ廊下の床、割れた窓ガラスを見た重光が「あれー? 生徒会さんがいてこのザマぁ?」と肩で息をする湊叶に声をかける。

「生徒会は、『学校の治安を乱す奴を武力で持って排除する特別な権限』を持ってんだろー?」

 明らかな嘲りと挑発。かつて重光が生徒会長に言われた仰々しい台詞をわざとらしく繰り返した。湊叶は己の腕章に一瞬目をやってから「うるせぇ、ちょっと手間取っただけだっての」と強がる。重光は底意地の悪い目をしてそんな湊叶を眺めてから「そーなん」と適当な返事をした。

「んじゃま、後片付けよろしく」

 唇を噛み締め、強張った表情で重光を睨む湊叶にひらひらと手を振った重光はいつひを小脇に抱えて昇降口の方角へと足を向けた。

「荷物みたいに持つなよ!」

 いつひの文句が廊下に響いた。


 ◆◆


 翌日、一年一組の教室はほとんど原状回復されていた。業者に突貫で修理させたのだろう。

「他の町の学校だと、老朽化で雨漏りしててもなかなか修理予算下りないらしいのにねえ」

 ぴかぴかになった窓ガラスを横目に、自席に座ったいつひがワイドショー並感溢れる独り言を呟く。

「まあ、佐波沼(うちの街)は特別だからな」

 いつひの傍らに立つ、長身の男子生徒が頷きながらそれに応えた。じとりと湿っぽい視線を男子生徒に送ったいつひは「で、羽澄(はずみ)くんは何の用? 羽澄くんが来ると武藤くんが機嫌悪くしてどっか行っちゃうんだけど」と不満気な言葉を投げつけた。羽澄光汰(こうた)は僅かに眉を下げ、肩を竦める。

「武藤には随分嫌われてしまっているなあ」

「そりゃ、四月のアレが効いてるでしょ」

 吐き捨てるようにいつひが言えば、光汰は「生徒会長として、当然のことをしたまでなんだが」とハの字眉で笑う。四月のアレ、というのは重光が入学直後に大暴れした事件である。龍行高校の生徒ならだいたい通じる隠語に近い言葉だ。尚、大暴れした理由は「とりあえず一発かましとくかと思って」なのでどうしようもない。

「昨日の騒ぎについて教えて欲しくて来たんだ。湊叶から粗方聞いたんだが、賀川や武藤の証言も聞かせて欲しい。賀川は狙われていたみたいだから、思い出したくないなら勿論無理にとは言わないが……」

「武藤くんと一緒に居たら、狙われることなんか日常茶飯事だよ。あんなふうに掴まれたのは初めてだけど。あとは特におかしいと思ったことはないなあ。武藤くんなんかどこで恨みを買ってるか分かんないし」

 呆れたような、諦めたような。眉を下げ、いつひは口元だけを小さく緩めた。「ふむ」としばらく思案顔をした光汰は「そうか。確かに俺が駆けつけたときにも、保見ほみは武藤への恨み節をうわ言のように呻いていたしなあ」と腕を組んだ。あの異形の少年は保見というらしい。

「保見が言うには、武藤を星憑き解放戦線に誘ってやったのに逆らってくるから襲った、らしい。直前にも襲撃失敗したとぼやいていたが。この話には思い当たることがあるかい?」

「あ〜〜〜。ある。それはめっちゃある」

 いつひは何度も深く首肯した。重光は覚えていないだろうが、数日前になんか「星憑きを解放する」「能力をもっと有意義に使うべきだ云々かんぬん」と喚く集団に絡まれたことがあった。

「近頃は星憑き絡みの事件が増えているから、いくら強い武藤と言えどもあまり無茶はするなと伝えておいてくれ」

「それ羽澄くんが言うの最悪だよ」

 げえ、と舌を出したいつひが言うも、光汰は「そうかな」とちっともピンと来ていない。だから嫌われるんだよ、と思ったが絶対伝わらないので黙っておいた。

 光汰はいつひへの聞き取りが終わっても教室に居座り、重光が戻ってくるのを待っているようだったが、三限目開始の予鈴を聞くと自身の授業もあるので仕方なさそうに教室を後にした。結局重光は三限目が始まっても教室に戻ってくることはなかったし、いつひは貴重な中休みを台無しにされてしまうしで少し機嫌を悪くしたのだった。

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