ユイ
お父さんとお母さんがイギリスに行く前
『琴音にも話しておくわね。』
と、お母さんから聞いた話には驚いた。
30年位前─
日本に住んでいた祖父母であったが、1年前に祖父が亡くなり、子供も居なかった為に独りになってしまった祖母。
そんなある日、気分転換にとあまり#人気__ひとけ__#はないが、地元では有名な人気スポットに足を運んだそうだ。
そこには透明度の綺麗な川が流れていて、よく夫婦でその川を見に来ていた。久し振りにその川へとやって来ると、体中怪我だらけの女性が倒れていたらしい。
祖母は慌てて救急車を呼び、その倒れていた女性は病院へと搬送された。後数時間発見が遅ければ、危なかったと言われたそうだ。
『それが、私だったのよ。』
と、お母さんはカラカラと笑って言った。
『本当に何も覚えてなくてね。私が覚えていたのは、名前だけだったの。“ユイ”─それだけしか覚えていなかったの。今でも、何故怪我だらけだったのかも…思い出せないんだけどね。でも──』
「お父さん─この写真に写ってる人なんですけど…お父さんと出会えて…私を生んで…幸せよ─って…笑ってたんです。父との馴れ初め?は、また帰って来てから教えてあげる─なんて…笑ってたんですけど…結局、事故に遭ってしまって…聞けなかったんですけどね。」
「「………」」
お父さんもお兄さんも、何も言わない─言えない…かな?
有り得ないような話だけど…私の存在だって有り得ないのだ。完全には否定できない。
私が召喚に巻き込まれてこの世界に来たように、母も何らかの力が働いて、日本に転移してしまったのかもしれない。
「───ユイは…幸せだと…言ったんだな?」
お父さんは、自分の手に視線を落としたまま呟く。
「はい。幸せだと──言ってました。」
「そうか……なら…良かった……。」
お父さんは、何かを耐えるように笑った後、「少し…1人にしてくれ──」と言って、執務室から出て行った。
なので、今はこの執務室にお兄さんと2人きりになりました。
ーえっと…どうしたら良いですか?ー
チラリとお兄さんに視線を向けると、お兄さんも私を見ていたようで、バッチリと目が合った。すると、お兄さんは嬉しそうに笑って
「ハルは…本当に私の妹…異父妹だったって事…だね?」
「え?あー…そうなりますね?」
多分、お兄さんからしたら…嫌だよね?自分の母親が、記憶を失くしたからと言っても…違う人との間に生んだ私なんて──
「ハル、私は本当に嬉しい。」
「へ!?」
そう言いながら、お兄さんは本当に嬉しそうに微笑みながら私を抱きしめて来た。
「え?私の事…嫌じゃないんですか?」
「え?嫌?何で!?」
お兄さんは、またまた本当にビックリしたように私を見ている。
「え?だって…おと…ゼンさんとは違う父から生まれて──」
「嫌になる訳ないだろう!?もともと、母の記憶が無いからと言う事もあるかもしれないけど、ハルと本当に血が繋がってたって事は本当に嬉しいと思ってる。こんな可愛い子が本当に、本当の妹だったんだからね。それに…お陰で母の事を知る事ができた。ありがとう、ハル。うん。これからは、遠慮なくハルを可愛がれるな。」
「か…かわっ!?」
“可愛がれる”の意味は、ちょっと分からないけど─
「お兄さん…ありがとう。」
へにょりと、情けない?笑顔になったのは許して欲しい。
「うん。やっぱり可愛いな。」
と、頭を優しく撫でられた。
「お父さん──ゼンさんは…大丈夫かなぁ?」
ーこれで、ゼンさんに嫌われて…拒絶とかされたらー
そう考えると、自然と手が震え出した。
そんな私の様子にすぐに気付いたお兄さんは、私の手を優しく握ってくれて
「父さんも、ハルを嫌うなんて事はないよ。ただ…心情的に複雑なだけだと思う。少し…待ってあげてくれるかな?」
「勿論!いつまでも待ちます!」
コクコクと頷くと、お兄さんはまた私の頭を撫でた。
それからお兄さんと一緒に昼食を食べた。
食べ終わった頃に、“3時頃にそちらに行く”と、ディからの先触れの手紙が届いた。
ーディのお迎え迄に、お父さんが戻って来ると良いんだけどなぁー
なんて思いながら、私は蒼の邸に帰る支度とディを出迎える準備を始めた。
「ハル、あれから体調は大丈夫だったか?」
「はい、私は大丈夫ですよ。迎えに来てくれて、ありがとうございます。」
ディは予定通りの時間にやって来た。でも──
「エディオル様、いらっしゃい。」
私と一緒にディを出迎えたのは、お兄さんだけだった。
「ん?ロンだけか?ゼン殿は…」
と、ディが言い掛けた時
「俺ならここに居る。エディオル、今日はパルヴァン辺境地に泊まっていけ。拒否権はない。もう既に、蒼の邸には今日は帰らない─と手紙を飛ばしたからな。」
「は?」
ーおぅ…何故か、ゼンさんからもディからも…圧?殺気?が溢れているー
これは、私が口を出してはいけないやつです!チラリとお兄さんに視線を向けると、お兄さんもニコリと微笑んで口を閉じている。どうやら、私の思っている事は正しかったようです。




