ゼン①
翌日。
お父さんとの話は、朝食を食べてからの午前中に─と言う事になった。
「ハル、おはよう。」
「お兄さん、おはようございます。」
「ハル、今日の父との話には、私も同席する事になったから。」
「そうなんですか?」
てっきり、私とお父さんの2人かと思ってたけど…ロンさんも─と言う事は…。
*ゼンの執務室*
「ハル、記憶が戻ってから…体調は大丈夫か?」
「はい、体調は問題ありません。」
朝食を食べて暫くした後、そのままお父さんと一緒に執務室迄やって来た。そして、そこには既にお兄さんが居た。
今、この部屋に居るのは3人だけだ。
「さて…どこから話そうか……」
と、お父さんが思案していると
「ところで、私にはよく分からないんだけど…これは、何の話し合いなんですか?」
「えっと……」
ー何て説明すれば良い?“お父さんの様子が変だったから”何て言える?ー
と、うーんうーんと考えていると
「ロンにも…話していなかった事だったから、丁度良いかと思ってな。ロン───お前の……母親の事だ。」
“母親?”
ーえ?そんな…話だったの?え?それ、逆に私が居て良いの!?ー
分からない事だらけのまま、お父さんはゆっくりと語り出した。
俺の家系は代々グレン様の生家である伯爵家に仕える者であり、幼少の頃よりグレン様付きとして文武共に厳しく育てられた。グレン様は武に長けた人だった為、それよりも強く─と、更に厳しく鍛えられた。
そして、俺が16歳になった時に婚約者ができた。
政略的な婚約だったが、彼女─名前は…クラリス…だったか?は、可愛らしい女性だった。
ただ、その父親が厳格な父親で、婚前交渉は勿論の事、2人で出掛ける事でさえ咎めるような親だった。
「あれ?婚約者なのに、デートさえ駄目なのか?」
とも思ったが、将来の義父に言われれば仕方無い─それに、武術の訓練などでも忙しかった為、取り敢えず手紙やプレゼンでもしておけば問題無いか─と、俺からも積極的に会いに行く事はしなかった。
そんな日々を過ごして2年経った頃、クラリスから“会って話がしたい”と手紙が来た。
「子供ができたの」
「─────は?」
ー“子供”とは何だ?ー
いや、子供の意味は分かっている。ただ、できるような事をした覚えが全く無い──と言う事は…。
クラリスが言うには、俺に会えなくて寂しかったと。その寂しい時にいつも側に居た…居てくれた幼馴染とやらと関係を持ってしまったと。それで、烈火の如く父親に叱られたと、俺の目の前で泣きながら語られた。どうしたものか…と思っていたところに、その幼馴染とやらが来て、目の前で愛情劇を繰り広げられ、最後には2人手を取って出て行った。
「何だコレ?」
と口から出たのは許して欲しい。
当たり前だが、クラリスの親からはひたすら謝られたが、慰謝料等は断って、すぐに婚約解消と言う事になった。
「────え?まさか、そのクラリスと言う人が私の母親なんですか!?」
「違う。そのクラリスとは、それきり会ってもいない。」
「それなら良かったです。」
お兄さんは、ホッとしたように息を吐き、お父さんは一息つくように紅茶を口にした後、また話し出した。
そんな憐れ?な俺を慰める─と言う名目で、仲間内で飲みに行った店で彼女に会った。
彼女は、女友達と一緒に食事をしに来ていた。
一目惚れだった。
「それが…その彼女がロン、お前の母さんだった。」
その日は彼女を見るだけ、時々耳に入る声を聞くだけで終わった。
それでも、どうしても彼女が気になって、それからはよくその店に行くようになった。どうやら彼女はそこの店の常連のようで、よく同じ女友達と来ていると言う事が分かった。
そこからは─攻めに攻めまくった。
クラリスの時のように、他の誰かに奪われたら─と思うといても立ってもいられなくなった。
偶然を装って声を掛け、それ以降は会うたびに話をした。
彼女と話せば話す程惹かれていった。
彼女に秋波を送る男には、それとなく牽制を掛けた。
そんな日々を過ごして彼女との距離を詰めて──1年程経ってからプロポーズをして受け入れてくれて、そこから半年後には結婚した。それからは、本当に毎日が楽しくて幸せで…。
「その1年後に、ロンが生まれたんだ。見て分かるだろうが、お前は生まれた時から俺に似ていた。だから、母さんは喜んでいたよ。」
ロンが生まれてからも、3人で穏やかな日々を過ごしていた。
それが…ロンが1歳になるかならないか─の時だった。
母さんの母親─ロンのお祖母さんが亡くなったと知らせがあった。もともと両親が早くに亡くなっていた為、母さんの身内はそのお祖母さんだけだった。その為、葬儀の為に生家に帰る事になったのだが、運悪く俺はその時魔獣の討伐に出掛けていて、一緒には行けなかった。
「葬儀が終われば、すぐに戻って来るわ。ロンをお願いね。」
と、母さんは、まだ小さかったお前をシルヴィア様に預けて、一人生家へと向かった。
そして、それが──
彼女の最後の姿となった。




