狡い人
『貴方方に心配されるような夫婦仲ではないから。』
いつもの様な笑顔ではなく、見た事が無い冷たい瞳をしたカルザイン様が居た。その声も…酷く低く冷たい声だった。
ー結婚…してるって事だよね?ー
カルザイン様とダルシニアン様は、令嬢達には振り返る事もなく、あっと言う間に去って行ってしまった。
「本当に、エディオル様は…相変わらずですね。」
「え?クロエさん、何か言いました?」
少し考え事をしていた私は、小さい声で囁いたクロエさんの言葉が聞き取れなかった。
「いえ、何でもありません。ハルさん、そろそろ邸に帰りましょう。」
「はい。」
そうして、私とクロエさんは来る時と同様に、歩いてパルヴァン邸に向かった。
*****
「ハル、クロエ、お帰り。大丈夫だった?」
出迎えてくれたのはお兄さんだった。
「はい。誰にも気付かれたりしませんでした。それに、楽しかったです。クロエさんも、ありがとうございました。」
「私も楽しかったわ。また、一緒に行きましょうね。」
玄関ホールで、お兄さんとクロエさんと3人で話をしていると
「────イ?」
声を掛けられたような気がして振り返ると、そこにはお父さんが居た。
「あれ?お父さんも王都に来てたんですね?」
「……」
何故か、お父さんに声を掛けても反応がなくて、私を見つめたまま固まっている。
そんなお父さんの様子に、私だけではなく、お兄さんもクロエさんも少し戸惑っている。どうしたんだろう?と、お父さんに声を掛けようとした時、お父さんの後ろから更に人が現れた。
「あぁ、やっぱりハル殿だったのか。」
「──え?」
その声は、今は何となく…聞きたくなかった声─会いたくなかった人だった。
「カルザイン様……」
ー何故…ここに?それに、何故ハルだと?ー
「エディオル、よくハル殿って分かったね?流石と言うか…。ハル殿、久し振り─なんだけど、私の事は覚えてないかなぁ?」
と、カルザイン様の横には、さっき街でも一緒だったダルシニアン様も居た。
「えっと…ダルシニアン様で…ひょっとして、召喚された時に居ましたか?」
「そう、居たよ。私の名前はクレイル=ダルシニアンだ。“クレイル”と呼んで欲しい。と言うか、呼んでもらってたんだけどね?」
と、ダルシニアン様は肩を竦めながら笑っている。
「あ、ハルさん。申し訳無いんだけど、その買って来たケーキを、調理場にある保存ボックスに入れて来てもらえるかしら?私、今から他にする事があって…。」
「あ、大丈夫です。今から持って行きます。」
クロエさんは申し訳無いと言うけど、正直、この場から離れたかったから丁度良かった─と安堵していると
「ハル殿。それが終わったら…少し話がしたいんだが、時間はあるだろうか?」
と、カルザイン様が私を窺う様に見てくる。
ー本当に…狡い…よね?ー
そんな、捨てられた?ワン子みたいにされたら、断れないよね?
「分かりました。」
「それじゃあ、サロンにでもお茶を用意しているから、ハルも後でおいで。」
お兄さんにそう言われて頷いた後、私は一人で調理場へと向かった。
*エディオル視点*
「俺が結婚してると──ハルが?」
「はい。先程の街でのやり取りを、ハルさんは見て聞いていたので…。エディオル様が“夫婦仲”と言った事も聞いていました。」
「それは…何とも言えない状況になったな…エディオル…。」
本当にクレイルの言う通りで、いや、ある意味ヤバい状況になったな。
俺が既婚者だと知ったコトネ。勿論、自分自身が俺の嫁だとは思わないだろう。だとしたら、コトネが取る行動は一つだ。コトネは、きっと俺から──距離を取る。
「さっき、お茶に誘った時の微妙な態度は、そう言う事だったのか…。」
記憶を失ったコトネだったけど、俺に対して負の感情は無いように見えた。改めて作ってもらった出会いの場で会った時は、一瞬怯えたような瞳を向けられて、少しショックもあったが、それ以降は緊張感はあったが、穏やかな時間を過ごせていたと思っていた。このまま、ゆっくりと手中に収めよう─と。
「もう、“ゆっくり”なんて言ってられないな。」
距離を取る、逃がす何て事は…させる気は無い。少し強引にはなるけど…一気に詰めるしか…ないか?
何故か分からないが、今日のゼン殿はいつもと様子が違って、俺に全く圧を掛けては来ないし…。と、チラリとゼン殿に視線を向けると、ゼン殿は心ここにあらず─と、言った様子のままだった。
「兎に角、ハルが戻って来る前にサロンへ移動しましょう。エディオル様、何とも言えない状況になってしまいましたが…ハルに無茶はしないで下さいね?」
「─分かっている。だが、多少の事は…目を瞑ってくれると助かる。」
「今回は…仕方無いですね。」
ゼン殿ではなく、ロンに軽く釘を刺されたが、多少の無理は許してもらうしかない。
ロンも苦笑した。




