失ったもの
『お姉さんが居て…良かった。目が覚めたら…知らない部屋に居たから、ひょっとして…私だけ何処かにとばされたのかなって。』
『ここ、王城の…私の部屋じゃないですよね?』
“お姉さん”
“王城の私の部屋”
そして、私を見上げて来るハルのこの目を───私は知っている。
自分の気持ちを押し殺して、ただただ一人で堪えていた。
還りたいとも、助けてとも──泣くことさえしなかった。
常に、周りを気にしていた。
ここに、巻き込まれて来た時のハルと───全く同じ目をしている。
ハルに笑顔を向けてから、顔を上げ、この部屋に居るグレン様とゼンさんとルナさんを見る。
「少し…ハルと2人で話をさせてくれるかしら?確認したい事があるの。それと、ハルが目を覚した事は、ここに居る人以外には…まだ口外しないで欲しいの。エディオルさんにも─ね。」
皆、困惑しつつも、ハルの様子が明らかにおかしいと分かっていた為、渋々といった様子だったけど、部屋から出て行ってくれた。
皆が退室し、ドアも閉じられたのを確認してから、私はまたハルへと視線を戻す。
『ハル、ちょっと…座って話をしようか?』
『……はい。』
体調は大丈夫そうだったけど、念の為に─と、ハルをベッドに座らせて、私はベッドの横に椅子を持って来て座った。
そこでハルから聞いた話は──私の予想を、アッサリと肯定するモノだった。
*****
“とても大事な話がある。明日の夜、パルヴァン辺境地の邸に来て欲しい”
そう手紙を飛ばしてもらった。
ランバルト様、エディオルさん、クレイルさん、イリスさん─それと、リュウ。その人達以外には、ハルが目を覚した事も口外しないように。
リュウに至っては、体調が万全でなくても、這ってでも来い─と念押ししておいた。
「ミヤ様!ハルが目を覚ましたと!ハルは、大丈夫なんですか!?」
と、“氷の騎士”とは何だっけ?と思う程必死な顔をしたエディオルさんが、パルヴァン辺境地のサロンに駆け込んで来た。
ーそりゃそうよね…溺愛してやまないハルの事だものね…だから…こそ……ー
サロンには既に、グレン様とシルヴィア様と、ゼンさん、ロンさんがソファーに座っていて、ルナさんとリディさんとティモスさんが、少し離れた位置に椅子を置き、そこに座ってもらっている。
「エディオルさん、今すぐ会いたいと言う気持ちは分かるんだけど…ハルに会う前に話しておかないといけない事があるのよ。」
「──っ。分かり…ました。それで…ハルは今…」
「安心して。ハルは体力は落ちてるけど…元気よ。今は、寝ているから。」
「それなら…良かった。」
くしゃりと、泣きそうに笑うエディオルさん。本当に、ハルの事が好きなんだなと分かる。分かるが故に─これから話さなければいけない事が余計に辛くなる。
「兎に角…部屋に入って座ってくれ。」
グレン様が声を掛けると、皆がソファーへと移動した。
「ミヤ様、大丈夫か?」
私の横に座ったランバルト様が、私にそっと話し掛けて来た。そのランバルト様の顔を見ると、心配そうな顔をしていた。
ー本当に、この人は私の事をよく見ているのねー
と、落ち込んでいる気持ちが少し浮上した気がした。
「ランバルト様、ありがとうございます。大丈夫です。」
「そうか…」
少し困ったように笑ったランバルト様から視線を外し、前を向いた。
「先ずは──結果から言わせてもらいます。」
チラリとエディオルさんに視線を向けて
「ハルは…この6年の間の記憶の殆どを──失っています。」
ヒュッ──と息を呑んだのは…誰だった?
「───この6年の殆どとは……では、逆に…何を…覚えているんだ?」
暫くの沈黙の後、やっとで口を開いたのは──リュウだった。
「私達─“3人の聖女に巻き込まれてこの世界に来ただけののモブ”って事と、王城で……虐められてる─と言う事だけよ。」
「虐めっ!?」
“虐め”に敏感に反応したのが、ランバルト様とエディオルさんだった。
ーまぁ…それも仕方無いけどー
「ただ、まだ虐められ始めた頃の記憶で、ランバルト様とエディオルさんがやらかす前だから…そこだけは大丈夫なんだと思うけど……だから…その……」
と、私が言い淀んでいると
「──あぁ、ハルは……俺─エディオル=カルザインの存在を…認識していない─と言う事…ですね?」
「そう言う…事に……なるわ。」
そう。あの頃のハルは、自分は巻き込まれただけのモブな存在だから─と、あの王城内の部屋から出る事が殆ど無かった。エディオルさんと接触したのも、あの召喚された日と、国王陛下に謁見した時だけだったし、その時は、挨拶も交わしていなかった。
エディオルさんだけではなく、今のハルにとっては…私以外は皆、“知らない人”なのだ。
「そうか────」
エディオルさんはそう呟いた後、目を閉じた。
その姿を、ゼンさんですら悲痛な表情で見ていた。
「エディオル─」
と、ランバルト様が声を掛けた時
「──なら、以前よりは…マシだな。」
と、微笑むエディオルさんが居た。




