表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
95/421

第95話 逡巡

 二宮を筆頭にした彩夏一派に対する怒りが哲矢たちの中で膨らんでいく。


「…………」

 

 哲矢には一つだけ気になっていることがあった。

 それは、大貴と彩夏の間に流れていたあの不穏な空気だ。

 

 あれは一体何だったのだろうか。

 本来ならば、大貴たちが教室へ現れたことにより、状況はさらに悪化していたこともあり得たはずなのである。

 

 花は彩夏たちのことを大貴の仲間と口にしたが、哲矢にはどうしても彼らが仲間であるようには見えなかった。


(それにあいつの態度も……)


 先ほどの大貴は廃校で会った時の彼とまったくの別人であった。

 どちらかというと、始業式の日に初めて彼を見た時の印象に似ている、と哲矢は思う。

 

 警戒はされるが近くまでは寄って来ない。

 絶妙な距離感で牽制してくる。

 それが初めて大貴を見た時の哲矢の印象であった。

 

 どちらが本物の彼なのだろうか。


 そんなことを考える哲矢の思いに気づいたのか、花は心痛な表情を覗かせながら大貴と彩夏の微妙な関係について口にし始める。

 

「……入谷さんは橋本君たち仲間の一番の古株なんだ。私は学園に入学してから今日までずっと同じクラスだから二人の関係についてはなんとなく理解してるつもりだよ。まだ高一の最初の頃はね。橋本君たちも今ほど表立って悪さをすることもなくて、比較的大人しかったの」


「私から見て、当時の入谷さんと橋本君はとても仲が良さそうに見えた。なんていうのかな。入谷さんの方からいつも積極的に橋本君に声をかけていて、クラスでは噂だったの。あの二人は付き合ってるんじゃないかって。でも……。あれは入谷さんが一方的に橋本君に好意を寄せていただけなんじゃないかって私は思うんだ。もちろん、本当のところは分からないけどね」


「それから月日が経つと、橋本君たちのグループも大きくなっていって……。次第に二人の間からは笑顔が消えていったの。高二の夏休み明けくらいからその関係は劇的に変わってしまって、入谷さんは自分のグループを作るようになったんだ。徐々に入谷さんと橋本君の距離が離れていくみたいに見えたよ」


「正直、そうなってしまった原因は私には分からない。私はただ傍から様子を眺めていただけだから。もしかすると、二人の間でなにかあったのかもしれないし、なにもなかったのかもしれない。だけど、入谷さんが一派を仕切るようになってからは、橋本君と一緒にいるところをほとんど見なくなったんだ」


 花はそこで話を区切ると、部屋の大きな窓に一度目を向ける。

 外ではどこかのクラスの保健体育の授業が行われていた。

 

 グラウンドでは男子生徒が大きな声を出してサッカーをしており、奥では女子生徒がソフトハンドボールで汗を流していた。

 空はよく晴れていて、窓から運ばれてくる風は初夏の兆しを少しだけ感じさせてくれる。


 こうして無邪気にスポーツを楽しむ彼らの姿を見ていると、この学園が他の学校と違い深い闇を抱えているという事実を哲矢は一瞬忘れそうになってしまう。

 誰も彼も悩みなんて抱えていないように見えるのだ。

 

 だが、実際には違う。

 つい先ほど、目を覆いたくなるような暴行がこのすぐ近くの教室で起こったのだ。

   

(内部の対立か……)


 一枚岩に見えた集団には、実は亀裂が入っていた。

 それは組織を大きくしていく過程で起きた綻びと言ってもいいのかもしれない。

 哲矢たちにとっては、それは有利な情報のはずであった。


 しかし、ここにきて花は場をさらに混乱させる言葉を口にする。

 思案に暮れる表情を覗かせた後、彼女はぼそっとこう呟いた。


「……ひょっとして、入谷さんは橋本君に自分たちの悪事を止めてもらいたくて、これまで悪事を働いてきたんじゃないのかな……」


 その呟きには、言うつもりはなかったのについ声が漏れてしまったというようなニュアンスが含まれていた。

 これにはさすがに哲矢も反応してしまう。

 

「……? 待ってくれ、どういう意味だ? 止めてもらいたくて悪事を働いていたって……」

 

「……えっ? あっ、いや……ごめんっ……! 私、なに言ってるんだろ……。今言ったことは忘れてっ!」


 どこか動揺したように手を振って誤魔化す花の姿を横目に見ながら哲矢はふと思う。

 大貴たち仲間にもそれぞれ抱えた問題があるのではないか、と。

 けれど――。

 

 頬にズキズキと走る痛みを思い出すと、今は客観的に物ごとを考えられる自信が哲矢は持てないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ