第90話 応援者の選出
花はさらに続きを口にする。
立候補者の演説が終わったら、次は質問タイムへと移る。
それも終わると、生徒は教室へと戻り、六時間目を使って立候補者の投票が行われるようだ。
その集計の結果、晴れて生徒会長代理が選ばれる。
これが今回の生徒会長代理選挙の流れであるようであった。
選挙自体は特別何かが変わっているということはない。
地元の学校とさほど違いはない、と哲矢は思う。
ならば、問題点は限られていた。
社家にはっきりと問い質すこと。
あとは、どれだけの生徒が花の言葉に乗ってきてくれるかということだ。
この計画はどうしても周囲の力が必要不可欠だ。
せめて、三年A組のクラスメイトだけでも乗っかってきてほしい、と哲矢は思う。
彼らが賛同してくれたら、興味を持った他の生徒が後に続いてくれる可能性があるからだ。
集団の圧を侮ってはいけない。
いくら社家と言えども、大勢の生徒たちから白い眼を向けられたら避けることも難しいはずである。
(大貴たちのグループや教師に一物の感情を抱いている生徒は少なくないはずだ)
そう思う哲矢であったが、もちろん不安もあった。
リスクを背負ってまで同調する心意気が彼らの中にどれだけ残されているのか。
正直、これについては出たとこ勝負であった。
愛郷心の強い生徒たちの一部が市長の息子である大貴に、振る舞いはどうあれ、敬意を抱いているということもあり得る。
どの道、すべては花の訴えかけ次第ということだ。
今さらながら、ものすごく無謀なことに挑戦しようとしている気分となってくる。
上手く事が運ぶ可能性があると同時に誰一人賛同しない可能性も十分にあった。
彼らの感情を上手い具合に引き出さなければ、昨日のホームルームの二の舞になりかねない、と哲矢は懸念する。
哲矢は一度失敗しているのだ。
すでに登校初日に感じたクラスメイトたちの強固な一体感。
哲矢が屈したのは、その排他的な空間そのものであった。
けれど今は違う、とも哲矢は思う。
完全ではないにしろ、彼らとの壁は徐々に取り払われつつあった。
こちら側の人間だと認められたとすれば、それ以降はとても親密になれる。
強固な仲間意識の利点はまさにそれなのである。
(あっ)
そこでふと哲矢はある一つのアイデアを思いつく。
単純な話、彼らの心を動かすような演説をすれば良いのではないだろうか、と。
チャンスは2度ある。
花が上手く話せなかった時の保険としても、応援者の存在は大きい。
席が空いている以上、やはり誰かに頼むべきなのかもしれない、と哲矢は思った。
(でも、一体誰に頼めば……)
先ほどの花の話を踏まえれば、当然メイも対象から除外される。
哲矢の脳裏にパッと思い浮かんだのは翠と利奈の二人であった。
というよりも、彼ら以外に頼める相手がいないのだ。
その中でも利奈は生徒会の仕事があるため引き受けるのは難しいに違いない。
すると、選択肢は自然と限られた。
(翠に頼むか?)
だが、彼がこの状況で応援者のスピーチを引き受けてくれるかは未知数であった。
利奈と同じように、翠にも明日は予定が入っている可能性がある。
一応彼を候補にするとして、今一度他に誰か候補者がいないか、哲矢は花に訊ねてみることにする。
「……うん。さっきも話したけど、大体の子には声かけちゃったから。ごめん、私の力不足で……」
「いやいや、謝ることないって! 俺も人に声かけるの苦手だからその気持ちすごく分かるから」
「あはは……。ありがと、気を遣ってくれて」
自分で口にしていてフォローになっていないことに気づく哲矢であったが、花はそれでもどこか嬉しそうにしていた。
頼める者がいれば、彼女もとっくに声をかけているはずだ。
それができないから悩んでいるのである。
けれど、このタイミングで花は白紙に返す発言をする。
「でもね。応援者の受付はもう締め切ってるんだよ」
「……は? な、なにぃっ~!?」
「ごめん……。そういうものがあるって説明だけしたつもりだったんだけど……。哲矢君が予想以上に話に乗ってくれたから。説明会で受付を締め切っちゃったんだよ」
「なんだ。そうなのかぁ……」
まったく無駄なことを考えていたらしい。
ただ、これもよくよく考えれば分かったことであった。
立会演説会はすでに明日に迫っているのだ。
受付を締め切っていて当然である。
しかし――。
「……けど。鶴間さんに直接お願いすれば、もしかしたらかけ合ってもらえるかもしれない」
土壇場で花がそんなことを言い出す。
「ほ、本当かっ!?」
「断言はできないけど、色々と相談に乗ってもらうかもって話しておいたから。鶴間さん、麻唯ちゃんと仲が良かったんだ。だから私、鶴間さんのこと結構知ってるの」
「そうだったのか」
麻唯と利奈に繋がりがあったとは意外な事実だ。
ただ、よくよく考えれば、意外でも何でもないということが分かる。
二人とも生徒会に所属しているのだから、仲が良いということも十分あり得る話であった。
それよりも哲矢が気になったのは、利奈のことを結構知っていると口にする花がどこか心許なげに見えたことだった。
(までも。朝も普通に会話してたし、本当なんだろうけど)
ひとまず、なんとか首の皮一枚で応援者選出の可能性を残した状況となった。
この際、協力を得られるのなら誰でも構わない。
明日の立会演説会にすべてを賭けると決めた以上、持てるチャンスはすべて使いたいという思いが哲矢の中にあった。
哲矢は手にしたサンドイッチをノドに押し込んで食べ切ってしまうと、さらに花に食い下がる。
「花、本当に応援者のツテはないのか? 今回、知り合いであることはそこまで重要なことじゃないって俺は思うんだ。何か取引をしてもいい。俺たちに協力をしてくれて、話術が巧みなヤツがいれば……」
そこまで自分で口にして、哲矢はふと我に返る。
あまりに高望みし過ぎなのではないか、と。
そんな生徒がこの学園にいるわけがないと、自己完結するように半ば諦めかける哲矢であったが……。
「……そういうことなら、一人だけ。当てがないこともないかな」
「えっ……ま、マジっ?」
「でも、禁じ手っぽいんだよね。あはは……こんなこと言うとちょっと失礼だね」
「それで誰なんだ? その当てっていうのは」
願ってもいない候補者が挙げられたことに哲矢は食い気味に花に訊ねる。
「えっと、稲村ヶ崎一兵君って言うの。あまり学園には来てないんだけど」
「学園に来てないって……まさか大貴の仲間か?」
「ううんっ、そういうわけじゃないんだ。ほら、この前哲矢君に話したことがあったでしょ? クラスの簡単なグループ分け。その中にどのグループにも属してないでいつも一人の男の子がいるって言ったよね? その彼が稲村ヶ崎君なの」
「稲村ヶ崎……」
なんとも古風な響きを持つ名前だ、と哲矢は思った。
その名の通りきっと品行方正な男子に違いない。
哲矢の頭に儚げで優しい笑みを浮かべる少年のイメージが形作られる。
けれど、その姿は続く花の言葉によってあっさりと打ち砕かれた。
「あっ、そうだ! 稲村ヶ崎君の席、哲矢君の隣りじゃん!」
「は?」
「右隣の席が稲村ヶ崎君の席なんだよ」
「はああぁぁぁ~~!? あいつかよッ!?」
「えっ? 哲矢君、稲村ヶ崎君見たことあるのっ?」
「今日、ばっちり登校してたぞっ!」
「あ、そうだったんだ。えへへ、私気づかなかったよ~」
めちゃくちゃヤバい笑い声を上げていたのだが……と、つっこみたい気持ちを哲矢は寸前のところで抑える。
あれが常態化しているのだとすれば、近くの席に座る生徒は無意識のうちにそれを無視する術を身につけているに違いないと分かったからだ。
話したこともない男子ではあったが、花の言う〝禁じ手〟という言葉が哲矢には妙に理解ができた。




