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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
88/421

第88話 見過ごす勇気

「は、花っ……! ち、ちょっと待ってくれっ~!」


 哲矢が脇腹を押えながらそう情けない声を上げても、花はそれには答えずに全速力で階段を駆け上がっていく。


 途中、教師とすれ違わなかったことは幸いと言えた。

 彼女にぐいぐいと手を引かれ、哲矢がやって来た先は、屋上へと続く階段であった。


「ぜぇっ、ぜえ……おぇーっ」


「はぁ……はぁ、はあっ……」

 

 哲矢と花は手すりに手をかけて天を仰ぐ。

 そこで二人してなんとか息を整えた。


(……どこかで望んでいた展開だったけど。昨日はメイに助けられて、今日は花かよ……)


 女子に救われてばかりであった。

 哲矢は自身の決断の無責任さを呪う。

 中途半端で、かっこ悪く、とことん情けなかった。


(自己嫌悪だ)

 

 花に「……大丈夫っ?」と気を遣われる始末である。

 まったくいいところがない。

 せめて彼女を不安にさせないようにと、哲矢は「ああ、大丈夫っ」とから元気に答えるのだった。

 

「とにかく話は屋上で」


 そう口にしながら花は屋上へと通じるドアを開ける。

 すると、ちょうどそのタイミングで昼休みを告げるチャイムが鳴った。




 ◇




「本当に申し訳ございませんでしたっ!!」


 哲矢は頭を下げて何度も謝罪を繰り返した。

 

「…………」


 だが、珍しく花の機嫌はそれでも直らない。

 屋上のフェンス越しから見渡せるニュータウンの街並みを静かに眺めているだけだ。


 広がった青空の隙間からは眩しい陽の光が降り注いでいる。

 それがニュータウンの街並みに当たり、景観にさらなる彩りを与えていた。

 

 哲矢はふと花の横顔を盗み見る。

 その表情に笑みはなく、どこか寂しそうにしている。

 

 やはり怒っているのだ、と哲矢は思った。

 それも当然だ。

 言われたことを守れないのだから。


 けれど、花はただ黙っているだけで、哲矢に対して何か責め立ててくるようなことはなかった。


 午後の一時に春の心地良い風が吹き抜け、花の綺麗に編み込んだショートボブのツインテールをふわりと揺らす。

 彼女は髪を押さえながら、哲矢に向き直って口を開いた。


「哲矢君。私たちがこれからやろうとしていることは分かってるよね?」


「あ、ああ……」


「明日の立会演説会で社家先生の証言を崩すこと。でも、今日ここでなにか問題を起こせば学園に目をつけられてやりづらくなるっていうのは、もちろん哲矢君も分かってると思うんだ。ひょっとすると、橋本君たちにもなにか気づかれてしまうかもしれないし」


「いや……本当にすまない」


 花はふぅーと息を吐き出すと、両手を挙げて輪のポーズを作り、大きく伸びをした。

 そして、再び真剣な表情を作り続きを話し始める。


「哲矢君の気持ちも分かるよ。入谷さんたち、授業中ずっと騒いでいたでしょ? 見ていて気持ちの良いものじゃないよね」


「…………」


「でもね、今は耐えてほしいの。明日のためにも今日は目を瞑ってほしい」


「俺は……」


 そこで哲矢は言葉を詰まらせてしまう。

 

 それは根本的な問題の解決とは言えないのではないか。

 

 哲矢は花にそう言いたかった。

 この状況は仕方がない、みんな諦めている、と。

 

 彼女の言葉はそれを認めているようで、哲矢はそれが納得できなかったのである。


 ただ、これも自分が首を突っ込む問題ではないということは哲矢には分かっていた。

 将人の無実を証明することと彩夏たちの横暴な態度を矯正することは、まったく別の問題なのだ。

 

 それが分かっているのだろう。

 花は哲矢の顔を見て静かにこう続ける。


「私たちは目的がある。将人君の冤罪を証明して彼を救うこと。哲矢君もそのために学園に残ってくれたんだよね? ならさ、それを果たすために私たちは行動するべきだと思うんだ」


「…………」


「言い方は正しいのか分からないけど……。そのためなら目を瞑らないといけないこともあるって、私はそう思ってる」


 真っ直ぐな眼差しで語りかける花の言葉には、心に訴えかけるような力があった。

 それで不思議と哲矢も納得することができた。

 今は目の前のことに集中すべき時なのだ、と。


「そうだな……ごめん。花の言う通りだよ」


「だったら誓ってほしい」


「ああ、もう問題は起こさない。明日の計画が最優先だ」


「うん約束」


 そこでようやく花の顔に笑顔が戻る。

 そして、彼女は沈んだ場の空気を払拭するように明るく元気な声で話題を切り替えた。

  

「じゃじゃ~んっ! これ、ちゃんともらえたよ♪」


 花はブレザーの内ポケットから丸めた一枚の紙切れを取り出すと、それをひらひらとさせてVサインを作る。


「なんだそれ」


「〝立候補届最終受理通知書〟って言うみたい。前に一度立候補届は出してたんだけどね。これは改めて明日の生徒会長代理選挙に出てもいいですよ~って、そういう確認の証かなっ」


「そっか。無事に演説文を提出できたんだな」


「おかげさまで♪ ちょっと説明会が長引いちゃって午前中の授業は出席できなかったけど、その代わり明日の流れはばっちり頭の中に入ったよ~!」


「ならさ、詳しく教えてくれ。まだ肝心の詰めをやってなかっただろ?」


「うん、そうなんだけど……その前にっ。もう昼休みのチャイム鳴っちゃったでしょ? お昼を食べながらお話しないかな?」


「ま、そだな。それじゃ食堂にでも行くか? 始業式の日以来行ってなかったし」


「それもいいと思うけど、周りに話を聞かれたらちょっとマズいよね? ここなら誰もいないし、今日は屋上で食べない?」


「分かった。確か職務棟に購買があったよな。適当になにか買ってくる」


「え、私も一緒に行くよっ……!」


「いや、花はここで待っていてくれ。色々と迷惑をかけたからさ。さっき花が教室にやって来てくれて、本当に助かったって思ってるんだ。だから……今回は俺の奢りってことでっ!」


 哲矢は花の返事を待たずに屋上から飛び出してしまう。

 正直、脇腹はまだズキズキと痛んで動きたくはなかったが、花に恩返しをしたいという気持ちの方が上回った。

 それに今は少し一人になって考えを整理したいという思いもあった。

 

 購買部の売店へと向かいながら哲矢は改めて考える。

 自分たちは今、何を優先して行動すべきなのかを。


 考える時間はまだたっぷりと残されていた。

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