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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
86/421

第86話 その集団の名は、彩夏一派

 哲矢は教室の掛け時計に一度目を向ける。

 針は8時22分を指していた。


 すでに登校している者も多くいたが、ここから残りの生徒が一気に駆け込んでくる。

 教科書に目をやりながらも哲矢の意識は教室へ入ってくるクラスメイトへと向けられていた。


 確認したかったのだ。

 彼らがいつものようにこちらへ視線を向けてくるのか、を。

 

 結果は哲矢の想像を越える結果となる。

 さすがに数名のクラスメイトはこちらに執拗な視線を飛ばしてくるものだと考えていた哲矢であったが、入ってくる生徒は誰一人としてこれまでのようなねばっこい目を向けてくることはなかった。


 哲矢がこうして机に張りついて教科書の予習をしていることが、さも当然のように彼らはこの光景を受け入れているようであった。


 以前なら絶対にあり得なかったことだ。

 改めて哲矢は昨日の告白が自身の環境をがらりと変えてくれたのだということを悟る。


 そんなことを考えながら登校してくるクラスメイトに哲矢が意識を向けていると……。


(……あれ? あの子は)


 昨日、シナモンの前でばったり会った見覚えのある女子生徒が教室へ入ってきたことに哲矢は気がつく。


(たしか、鶴間とか言ってたよな)


 そんなことを考えながら、利奈が教卓近くの自分の席へ向かうのを哲矢が目で追っていると、銀縁メガネの奥に隠れた彼女の瞳がわずかに動く。

 目で追っていたことがバレたと思い、とっさに哲矢は教科書で顔を隠してしまう。

 

 次に聞こえてきたのは、前の席に座る花が彼女を呼ぶ声であった。


「あっ! 鶴間さぁ~ん!」


 花は嬉しそうにそう声を上げて立ち上がると、演説文を持って利奈の席まで向かっていく。

 昨日、花が彼女に何か訊きたいことがあると言っていたことを哲矢は思い出していた。


 利奈は生徒会に所属しているということだ。

 演説文についても何か相談があるのかもしれない。


 暫しの間、哲矢は二人の会話に耳を澄ませる。

 どうやら花は公約について利奈に確認しているようだ。

 また、利奈は丁寧にも演説文の書き方についても細かくレクチャーをしていた。

 

 しばらく話したところで彼女がこう締めの言葉を口にする。


「――でも、これはあくまで先生方が誤字とか確認する用だから。そこまで真剣に考えなくてもいいと思うよ」


「そ、そうですよねっ……。色々とありがとうございました! それと、ごめんなさいっ。時間取らせてしまって!」


「別に。私は知ってることに答えただけだから」


 二人の間にはまだどこかぎこちなさのようなものがあったが、花の問題はどうやら無事に解決したようだ。

 ピースサインを向けながら自分の席へ戻ってくる。


「どうだ? 演説文書けそうか?」


「うん! 鶴間さんに訊いたことで悩んでたところが解決したよ。これから一気に書いちゃうね!」


「おう」


 そうこうしているうちにクラスメイトのほとんどは教室に入りきり、あとにはいつもの固まった九つの空席が残った。




 ◇




 8時35分を迎え、朝のホームルームを告げるチャイムが教室に鳴り響く。

 それと同時に、また見たことのない色白の若い男性教師が入ってきた。

 

「……社家先生は今、緊急の会議に出席されております。今日は私が代わりにホームルームを担当します」


 彼の視野は半径50cmほどしかないのか、生徒たちの顔をほとんど見ることなく、教卓の上に置いた綴込表紙の中身に目を落とし、連絡事項を淡々と読み上げていく。

 

 緩い教師と認識されているのだろう。

 本日の担当がその男だと分かると、静まり返った教室にわずかに声が漏れ始める。

 彼もこのことには慣れているのか、彼らをまったく注意しようとしない。


(教師も色々いるんだな)


 この学園の教師は、清川や社家、昨日の数学教師のような連中ばかりだと思っていた哲矢にとって、気弱そうな目の前の教師はとても新鮮に映った。

 少しだけ同情の眼差しで彼の話に耳を傾けていると……。


 バンッ!!


 突如、前方のドアがけたたましい音を立てて開かれる。

 反射的にクラスの視線は、その音の方へと吸い込まれた。

 

「ちちちちぃーっす!」


「ひゃはははっ! んだそれぇっ!」


 二人の男子生徒が悪ふざけをしながら教室の中へと入ってくる。

 口元とあごに無精ひげを生やした男子がバカなことを繰り返すと、髪を腰まで長く伸ばした男子が腹を抱えて笑う。

 

 彼らは、今がホームルームであることなどまったく気にする素振りもなく、大声でげらげらと笑いながら空席地帯の一角へ歩いていく。


(な、なんだよ、こいつら……)

 

 はっきり言って哲矢が一番近づきたくない種類の人間だった。

 二人の男子はそれぞれ机の上に座ると、周りのことなどお構いなしに大声で騒ぎ立て続ける。

 

 教師の視界にはその異質な存在が映っていないのか。

 彼は淡々と連絡事項を読み上げることにだけ集中していた。


 二人の不良男子と目を合わせないようにしているのは何も教師の男だけではない。

 周りのクラスメイトも肩に余計な力を入れるように硬直してしまっていた。

 

 微かに漏れ聞こえていた話し声もぴたりと途絶え、まるでバカ騒ぎをする二人に気を遣うように教室は再びしんと静まり返ってしまう。

 

 続けて廊下から別の騒ぎ声が聞こえてくる。 

 甲高い声で話す女子を先頭に、今度は三人の男女が前方のドアを開けて教室の中へ入ってきた。


「んでぇっすね。大変だったんっすよぉ~。彩夏さんもぉー、今度行きましょーよぉっ♪」


「考えておく」


 ブラウン色の前髪をぱっつんにして長い後ろ髪をサイドアップした小柄で派手な女子生徒が主に会話を引っ張っているようだ。


 続いて中へ入ってきた彩夏と呼ばれた女子生徒は、シニヨンに纏めたベージュ色のショートヘアがとても印象的で、甲高い声の彼女に相槌を打ちながら会話を合わせている様子だ。

 

 二人の女子の後に続いてやって来たのは、大学ラグビーの選手のような巨漢の男で彼は無言のまま一切口を開かずに空席地帯の一角の席に腰をかける。

 

 五人がそれぞれの席へ着いてしまうと、それまで際立っていた空席は一気に目立たなくなった。


 そんな異質な集団を目の当たりにして哲矢は思う。

 ここは彼らが居ていい場所ではない、と。


「(……哲矢君。あの子たちは橋本君の仲間なの)」


「(だろうな)」


 花が振り返りながら小声でそう口にするのを聞いて哲矢は頷く。

 予想していたことではあったが、〝そうだ〟と念を押されると気分はさらに重くなった。

 大貴に歯向かうということは、彼の仲間とも対立することを意味しているからだ。


「(それで、あの一派を仕切ってるのが……ほら、真ん中で座ってるショートヘアの彼女……)」


 花にそう言われ、哲矢はさり気なく騒ぎ続ける集団に目を向ける。

 椅子を少し浮かせ、後頭部に両手を当てて気怠そうにしている女子生徒がすぐに哲矢の視界に飛び込んできた。

 

「(あの女子が……)」


「(入谷彩夏さんっていうんだ。ちょっと注意が必要かも……。怒らせるとほんとに怖い人だから)」


「(不良の仲間なんてそんなもんだろ)」


「(うん。それで、入谷さんに積極的に話しかけている女の子が神武寺華音さん。気軽にクラスメイトと話してた時期もあったんだけど、今は入谷さんとずっと行動を共にしてるみたいだから話す回数も減っちゃったんだよね。詳しくは分からないんだけど、彼女が一派の二番手みたい)」


「(へぇ……)」


「(あとの男子は二人のボディーガードみたいな印象かな。一番大柄の彼が中井君。髪を腰まで伸ばした男の子が寒川君で、髭を生やした痩せ型の彼が二宮君)」


 花は律儀にも集団一人一人の名前を口にする。


 覚えておけということなのだろうか。

 あまり関わりたくないというのが哲矢の本音ではあったが、大貴に立ち向かう以上、彼女らは避けて通れない存在と言えた。


 花とそんな会話をしているうちに、教壇上の教師は締めの言葉に入っていた。


「えっ~、それではなにもないようなので……これで朝のホームルームを終わりにします」


 彼は号令もかけず、一目散にこの場から逃げるように教室を後にする。

 この間も集団は周りを気遣うことなく騒ぎ立てていた。

 まるで、他のクラスメイトなど最初から眼中にないかのように、自分たちの世界を作って盛り上がり続けている。


(……けど、あいつらを気にしていても仕方ない)


 今必要なことは、自分たちのやるべきことをやることだ。

 その上で彼らが何か邪魔をしてきたのならその時はまた考えればいい、と哲矢は思う。


「できたっ!」


 そんなことを哲矢が考えていると、いつの間にか花は演説文を書き終えたのか。

 そう元気に声を上げて席から立ち上がる。


「それじゃ、私急いで提出してくるね!」


「おう。お疲れさま」


「その後説明会に参加するから多分授業には遅れちゃうと思うけど……」


 そこまで口にした花の表情が一瞬曇る。

 彼女の視線はドア側の一角で騒ぎ続ける集団へと向けられていた。

 そして、そのまま哲矢に顔を近づけると小声でこう囁きかける。


「(……哲矢君。ここでなにか問題を起こさないように気をつけて。計画の実行は明日だから、なにかあったら……)」


「大丈夫。分かってるよ」


 哲矢がはっきりとそう口にすると、花もそれで安心したのか。

 再び笑顔をぱっと灯し、演説文を手にしたまま教室から出ていくのだった。

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