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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
81/421

第81話 レベルが一段階上がるということ

 話はそれからメイが点滴を受けている間に花と話した計画の内容について及んだ。


「生徒会長代理選挙?」


「ああ。そこで直接社家に真相を訊ねようと思う」


「…………」


 彼女は額に人差し指を当て、思案するポーズを作った。

 その微妙な間が肯定はしていないという意思を哲矢に知らせる。


「回りくどいわよ、そんなの」


「確かにそうかもしれないけどさ」


「シャケなんてお飾りに過ぎないわ。ハシモトを攻めるべきよ」


「でも、警察も社家の目撃証言があったから将人を逮捕したわけで……」


「ねぇテツヤ。あんた少し勘違いしてない?」


「な、なに……?」


 メイの言葉が徐々に鋭さを増していく。

 こういう時の彼女は少しだけ哲矢には怖かった。


「審判の処分を決めるのは裁判官なの。それで、裁判官は少年調査官であるテツヤの書く調査報告書の内容を考慮してくれる。警察なんて関係ないわ。将人の冤罪を証明するには、事件に大貴が関与してたっていう決定的な証拠を記すことが一番なのよ」


「だけどさ、実際あいつに問いかけても口を割らなかったわけだろ? 大貴を攻めるだけじゃ証拠は手に入らないんだよ。それに俺たちにはもう時間も残されてない」


「だからシャケを攻めるって言うの? その、明日のなんとか会って時に」


「立会演説会な」


「いくらなんでも不確実過ぎるわ。哲矢だってそれがどういうものか、よく分かってないんでしょ? 時間が無いって言うのに、そんな一か八かの手段に出るなんて……」


「もちろん出たとこ勝負みたいな気はある。だけど、昨日花と話してみて確信したんだ。これなら社家の証言を崩すことができるって」


「はぁ……なんかすっごく嫌な予感がするけど」


「大丈夫っ! 今日はこの後学園で花としっかり計画を練るから!」


「……さっきからちょくちょく気になってたんだけど、あんたハナのこと呼び捨てに呼んでない?」


「これも昨日話して決めたんだ。メイのこともこれから下の名前で呼ぶってさ」


「ふーん……。私が点滴受けてる間、よろしくやってたってわけね」


 どこか言葉には棘があるものの、彼女は取り立ててそのことを却下するようなことはなかった。

 きっと嬉しいのだろう。

 その顔には微かな笑みが浮かんでいる。


「というわけで、俺はこれから学園に登校するけど……。メイは今日は休んだ方がいいな」


「別に平気よ。こんな大事な時に休んでなんかいられないわ」


「いや、昨日あんなことがあったんだ。今日は静養しておこうぜ。話は花と先に進めておくから」


「……っ、けどあの女が宿舎に残ってるでしょ?」


「あの女?」


 メイが誰のことを言っているのかが分からず返答に詰まる哲矢であったが、すぐに彼女が美羽子のことを指してそう言っているのだということに気づく。


「……ああ、藤沢さんなら朝早くに仕事へ行ったみたいだけど」


「そう……。なら……そうね。そっちで話を進めておいてくれるのなら、今日はゆっくり休むことにするわ」


 ただそう口にしつつもメイの言葉には感情が込められていないことに哲矢は気づいていた。

 おそらく、今彼女の頭の中には美羽子のことが過っているに違いない。


 昨日、あのような別れ方をしたのだ。

 再び顔を合わせれば口論となる可能性が十分にあった。

 

 それほど今の彼女らの溝は深い。

 とにかく、美羽子とは一度腹を割って話す必要がある、と哲矢は思うのだった。


 「また昼にでもこっちから宿舎に電話をかけるよ」と言って哲矢は話を切り上げようとする。

 けれど、立ち上がってその場を後にしようとしたその時、メイの声が鳴った。

 

「……テツヤ」


「ん? どうした、まだなにか話があるのか?」

 

 彼女はどこか不安げな表情を覗かせながら小さくこう呟く。


「これだけは覚えておいて。どんな場面でも大事なのは、あんたがどう考えて行動するかだって」


「……な、なんだよ。急に」


「深い意味はないわ。今日一緒にいることができないから伝えておこうって思っただけ。なにがあるか分からないしね」


「まぁ、覚えておくけど」


「ええ。迷った時はこの言葉を思い出して」


 いつになくしおらしい態度を覗かせるメイが気になる哲矢であったが、それ以上何か話が続くこともなく、会話はそこで一区切りとなった。

 



 ◇




 二人は揃って空き部屋を後にすると、それぞれ来た道を戻っていく。

 哲矢が再びダイニングに足を踏み入れると、キッチンから洋助の声が上がった。

 

「どうだった? メイ君」


「きちんと起きていて体調もよさそうでした。ですけど今日は学園を休むように言いました」


「そうだね。昨日あんなことがあったばかりだし、今日は宿舎で休んでもらった方がいいね」


 キッチン越しの洋助とそんな会話を交わしながら席に戻ると、テーブルには豪華な朝食が並べられていた。


「おお~♪」


 創意工夫がなされた和食だ。


 鶏のつくねに青海苔の卵焼き、こんにゃくのガーリックステーキにきつね焼き。

 それに白米と蟹の味噌汁まで付いている。


 まるで懐石料理店を訪れたかのような職人顔負けの料理がずらりと並んでいた。

 朝からこのような食事にありつけるとはなんと贅沢なことだろうか。


「今日は作り過ぎちゃったかもしれないけど」


「いえいえっ! ありがとうございます! めっちゃ美味そうですね!」


「ははっ、哲矢君ならこんなものはぺろりかな」


 洋助がそう言うように食べ盛りの哲矢にとっては朝飯前の量だ。


 そういえば……と、哲矢は朝食を前にあることを思い出す。

 恐ろしいことに前回まともに食事をしたのは昨日朝まで遡らなければならなかった。


 よくそんな状況で一日中タフに動き回ったものだと、哲矢は改めて10代の自身の体力に感心する。

 今日はさらに力のいる一日になりそうだったので、この精がつきそうな豪華絢爛な食事の数々は非常にありがたいものであった。

 

「くぉ~ん」


 尻尾を振ったマーローがテーブルの近くで一足先に同じくらい豪勢なドッグフードにありついている。


「いっただきますっ!」


 哲矢も負けじと元気良く声を上げると、箸を手にして一品一品ゆっくりと咀嚼していく。

 そんな姿を洋助は嬉しそうにして眺めるのであった。




 ◇




 それから食事をすべて平らげ、締めのお茶を口にして幸福な一時を哲矢が味わっていると……。


「……あっ、そうだ。哲矢君」


 何か言い忘れたことを思い出したようにリビングのソファーで寛いでいた洋助の口が開く。

 

「まだ伝えてなかったんだけど、今朝は僕も宝野学園へ行くことになってるんだ」


「えっ……」


 その言葉を耳にし、哲矢の中に突然現実感が舞い戻ってくる。


 『それと明日も顔を出すようにって』


 昨日、車内で美羽子は確かにそう口にしていた。

 けれど、当の本人は仕事に行き、今日は洋助が学園に顔を出すのだという。


(レベルが一段階上がったんだ)


 それが分かると、哲矢は手にした湯呑みを微かに震わせる。 

 ダイニングは適温であるにもかかわらず、哲矢の背中を嫌な汗がたらりと伝って落ちるのだった。

 

「7時45分に職員室へ顔を出してほしいって言われてるから、それを飲み終えたらすぐに出発しよう」


 そんな話を聞いてしまった後に飲むお茶は、苦くて渋い味がするのであった。

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