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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
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第80話 素直になれた朝

 眩しい陽の光が哲矢の瞼に薄く映る。

 その光に誘われる形で哲矢は覚醒を取り戻した。


「うっ……」


 体を起こすと同時に全身に激しい痛みが走る。

 明らかな筋肉痛の兆候だ。

 また自分が検査衣を着ていることにも気づく。


(そうか……。あの後、すぐにこの恰好で寝てしまったんだ)


 まだ昨日の延長線上にいるのだということを哲矢は認識する。

 

「……痛っ……」


 ベッドから起き上がろうとすると、哲矢の脇腹に亀裂が入ったような鈍い痛みが走る。

 悪意ある者たちに蹴られた負の傷痕だ。

 

「くっ、そ……」


 このこともまた、今が昨日の延長線上にあるということを哲矢に認識させる。

 なんとか痛みを堪えて立ち上がると、哲矢は両手で顔をパンッと叩いて自身に気合いを入れた。

 

(……早く着替えて学園に行かないと)


 昨晩、病院のロビーで花と決めた話を哲矢は思い出す。

 計画の実行日は既に明日に迫っていた。


 また明日は哲矢が少年調査官として宝野学園に滞在していられるリミットの日でもあった。

 いわばこれまでの日々の集大成の日なのである。

 早く学園に行って花と合流し、決めなければならないことはいくつも存在した。

 

 哲矢は全身に走る筋肉痛と脇腹の鈍い痛みに耐えながら、ふらふらと自室を後にする。




 ◇




 一度シャワーを浴びてからダイニングに顔を出すと、キッチンにはエプロンをして料理を作る洋助の姿があった。


 がっしりした体格と短く切り揃えられた所々に見える白髪が可愛らしい赤色のエプロンとミスマッチしていて、なんともチグハグな印象を受ける。


 これまでの彼を知らなかったら少し引いてしまうところではあったが、洋助の性格を既に把握している哲矢にとってそれは日常の一部であった。

 おそらく、美羽子から借りでもしたのだろう。


「おはようございます」


 哲矢は体を押さえながらゆっくりとテーブルの椅子に腰をかける。

 座ると気持ちは大分楽になった。


「おはよう~。もう少しで朝食できるから~」


 洋助は鼻歌交じりにフライパンを返していた。

 愛犬のマーローは、そんな彼の姿を足元で気怠そうに眺めている。

 いつもと変わらない朝の光景だ。


 そして、そのことに哲矢はふと疑問を抱く。

 昨日宿舎へ帰った後、洋助は美羽子から色々と話を聞かされたに違いなかった。


 朝のホームルームで教師と揉めごとを起こしたこと。

 授業にほとんど出席しなかったこと。

 将人は冤罪で捕まったと考え、真犯人の証拠を探そうとしていること。


 これらすべては少年調査官の職務を超越した違反行為だ。

 にもかかわらず、洋助はいつもと変わらぬ日常を演じてくれていた。

 哲矢はそんな洋助に感謝の気持ちを抱く。

 

 一方でダイニングには美羽子の姿がなかった。

 これで朝に彼女と会わないのは3日連続だ、と哲矢は思う。


 美羽子とは昨日の話の続きをしておきたいと思う哲矢であったが、また同じように対立しそうでもあったので正直顔を合わせるのが怖くもあった。

 

 そんな哲矢の心中を察したかのように、洋助がキッチンから背中を向けたまま声をかけてくる。

 

「美羽子君なら今日は朝一番で仕事に行ったよ」


「……えっ? ぁ、そうですか……」


 その微妙な哲矢の受け答えに、溝は思ったよりも深いと悟ったのかもしれない。

 洋助は不自然な切り返しで話題を変えてきた。


「ところで哲矢君。ちょっと心配だからメイ君の様子を一度見てきてくれないかな? あれからずっと部屋で寝てるはずだからさ」 

 

「……分かりました。ちょっと様子見てきます」


「戻ってくる頃には二人分の朝食用意しておくからよろしくね」

 

 フライパンを片手に振り返った洋助がにっこりと笑みを浮かべる。

 きっと気を遣ってそう言ってくれたのだろう。

 どことなく居心地の悪さを感じていた哲矢にとって洋助の提案はまさに渡りに船であった。

 



 ◇



 

 リビングを出た哲矢は階段を登って2階へと上がる。

 実はこうして哲矢が2階へと足を踏み入れるのは、初めてこの宿舎を訪れてレクリエーションルームに通された時以来のことであった。

 

 突き当りに女性用のトイレとバスルームがあり、その並びにレクリエーションルームがある。

 また廊下を挟むようにして3つの部屋が並んでいた。


 そのうちの2つはメイと美羽子が利用している部屋だ。

 最初、どこがメイの部屋かと迷う哲矢であったが、階段から一番近くの部屋には親切にもメイの名前が記されたドアプレートが掛けられていた。  

 

「…………」


 一度ごくんと唾を飲み込み、哲矢はドアノブに手を伸ばす。

 本当に中へ入ってもいいのだろうか。


 もちろん、この部屋はメイが滞在のために借りている一室に過ぎない。

 だが、いくら仮の住まいとはいえ、女子の部屋に上がるのは抵抗があった。


 とりあえず数回ノックしてみよう、と哲矢は思う。

 反応がなければその時また考えればいい。


 コンコン。


「あ、あの~メイさん? 起きていますか?」


 コンコン。


「もしもーし……」


 哲矢が二度ノックするも部屋から反応はない。


(もう一回やった方がいいよな……?)


 今度は強めに数回叩いてみる。


 コンコン、コンコン。


「メイさんー? 起きてますかぁーっ?」


 しかし、中からは何の気配も感じられなかった。

 まだ眠っているのかもしれなかったが、このまま何も確認せずに戻るのは心配でもあった。


(風祭さんにも様子を見てきてって頼まれてるわけだし……)

 

 少し躊躇った後、哲矢は中へ入る覚悟を決める。

 ノブをゆっくり下ろすと、ドアは軽々しく開くのだった。

 

「ご、ごめんっ……入るよ!」


 目を瞑りながらそう叫んで部屋に足を踏み入れる哲矢であったが……。


「――っあれ?」


 部屋は無人だった。

 それだけではない、中には家具も荷物も何も置かれていなかったのだ。

 

「どこ開けてんのよ」


「ぐかぁ!?」


 突然後ろから声をかけられ、哲矢は驚きのあまり空室の床に尻もちをついてしまう。

 廊下には仁王立ち姿のメイがいた。


「ここは空き部屋。私の部屋はあっち」


「……っ、でもドアプレート……!」


「それはカモフラージュのためよ。テツヤが夜にこっそり襲ってこないためにね」


「誰が襲うか!」


「そんなの分かんないじゃない。あんたってむっつりしてそうだし」


「……ぃなっ!?」


「この程度のトラップに引っかかるってことはあんたも相当マヌケね」


「ちげーって! 風祭さんにお前の様子を見てこいって頼まれたんだよ!」


「どうだか」


 そう口にしつつメイは空き部屋へと足を踏み入れてくる。

 

 ガチャン――。

 

 そしてなぜか部屋のドアを閉めるのだった。


 一瞬、あり得ない妄想が哲矢の脳裏をかすめる。

 メイが妖美な目をして笑っていたからだ。


 だが、すぐにからかわれているのだということに気づくと、哲矢はその場で胡坐になって頭をかいた。


「……ったく。そんな調子じゃ体調を訊くまでもないか」


「No worries.」


「ほんと心配したんたぞ。急に倒れたりしてさ」


「……そのようね。まったく覚えてないけど。までも、なんて言うか……感謝してる」


 珍しくメイは頭をこくりと下げる。


「それと……追いかけてきてくれたことにもお礼を言っておくわ」


 その言葉には悲痛な感情が少しだけ見え隠れしていた。

 ひょっとすると、昨日の美羽子との口論で彼女もそれなりに精神的なダメージを負ったのかもしれない。

 

「無事でよかったよ」


 そう思ったからこそ、哲矢は余計な小芝居を挟むことなく素直に自分の気持ちを口にするのだった。

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