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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第75話 この瞬間、きっと忘れない

 洋助との通話を終えると、哲矢はスマートフォンを花に返却する。

 すると、途端に辺りは静寂に包まれた。


 もう休診時間が過ぎているためか、ロビーには哲矢と花の二人しかいない。

 長椅子に並んで腰をかける花のぬくもりが哲矢に伝わる。

 彼女とは再会してからほとんど込み入った話をしていなかった。


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙が二人の間に流れる。


 彼女は下駄箱で置き去りにされた後のことを訊ねてくることはなかった。

 ただ何かを堪えるように薄く唇を噛んで下を向いている。

 その態度が哲矢の良心を責め立てた。

 

(きちんと話すべきだよな)


 そんな風に哲矢が決意を固めていると――。 


「……私を……」


 花の呟きが病院のロビーに小さく響く。

 その声はどこか震えているように哲矢には感じられた。


「……私を、仲間外れにしないでほしいんです」


「えっ?」


「私だって、役に立てます。責任も持っているつもりです」


「仲間外れだなんて、そんな……」


 そう口にしかける哲矢であったが、はっきりとそれを否定することができない自分がいることにも気づいていた。

 哲矢の動揺を目にし、不安そうに花が言葉を続ける。


「そんなに信用ないですか? 私……」


「いや、俺たちはただ川崎さんに迷惑をかけたくなかっただけで……」


「それ逆に迷惑です」


「……っ!」


 花の顔は笑っていた。

 けれど、その瞳の奥には深い悲しみが隠れているよう哲矢の目には見えた。


(そうだ。川崎さんが信じられるのは今は俺たちしかいないんだ)


 哲矢は改めて花の置かれている状況を思い出していた。

 余計な気遣いはせず、彼女も一緒に廃校へ連れて行くべきだったのだ。

 勝手に置き去りにされ、とても心細かったに違いない。


 自分たちとしては気遣った行動のつもりでも、相手にとってはただの心ない蛮行に過ぎないということもある。

 それが哲矢もメイも分かっていなかったのである。


「そうだよな、ごめん……。俺たち川崎さんの気持ちまったく考えてなかったよ。勝手なことしちまって」


「関内君、謝らないでください。それはお互いさまです。私も関内君や高島さんの気持ちを深くまで考えていませんでした。自分の思いばかり押し過ぎてしまっていたような気がします」


「でもこれからは、お二人のこと、周りのこと。全部しっかりと考えて行動したいって思ってるんです。だから……仲間外れにしないでほしいんです。私も関内君たちと一緒に居させてください。お願いしますっ!」


 深々と頭を下げる花のショートボブのツインテールがふわりと揺れる。

 そんな彼女の姿を見て、哲矢は自分が間違った選択をしてしまったことにようやく気づいた。


「顔上げてくれ、川崎さん。川崎さんが謝ることじゃないから。本当にごめんな。俺も考えを改めるよ」


「……っ、関内君……」


「改めてよろしく、これからはもっとお互いを信じて一緒に行動していこう」


「はいっ! ありがとうございます!」

 

 その言葉を聞けて安心したのか、花はほっとため息を漏らす。

 自分の気持ちを伝えるのに相当緊張したのかもしれない。


 これでお互い信頼し合える仲となれた……はずなのだが、まだどこか距離があることに哲矢は気づいていた。


 それは以前から哲矢がずっと感じていたことでもある。

 その壁を取り払わない限り、本当の意味でお互いを信頼し合えた仲になったとは言えないだろう、と哲矢は思った。 


「……だったら、この際だから敬語は止めにしないか?」


「敬語……ですか?」


「それ! なんか他人行儀っぽく感じられるからさ。俺たち……もう友達だろ?」


 その言葉を耳にした瞬間、花はすぐに顔を両手で隠して俯いてしまう。


「えっ!? ちょっと川崎さん!? 俺なんかヘンなこと言ったっ!?」


 慌てて哲矢が花の顔を覗き込むと、彼女は瞳に薄っすらと涙を溜め込んで手を振った。


「いえ、違うんです……。関内君からその言葉を聞けて嬉しくって……」


「あ、いや……」


 感極まった彼女のその表情を見て、哲矢は気恥ずかしさから思わず顔を逸らしてしまう。

 明後日の方向に顔を向けながら、哲矢の脳裏に過るのは昼間のメイの言葉だ。

 

 『ハナのことはまだ苗字で呼んでるくせに』


 伝えるならこのタイミングしかない、と哲矢は思った。

 花に視線を戻すと、哲矢は意を決してその提案を口にする。


「あとさ、その……苗字で呼ぶのももう止めにしないか? 今度からお互い名前で呼び合うってのはどうかな」


「名前ですか? えっと……」


「ほ、ほらっ! メイは川崎さんのこと名前で呼んでるじゃん? 別に嫌ならいいんだけどさ!」


「嫌だなんてそんな……。分かりました。じゃ……哲矢君に、メイちゃん?」


「お、おう……」


「あの……哲矢君は呼んでくれないんですか?」


「は、ははは、な……さん?」


「うぅっ……なんかそれ気持ち悪いです。呼び捨てにしてくれた方がいいかも」


「よ、呼び捨てっ!?」


「えっ? だってメイちゃんのことは呼び捨てじゃないですか」


「まあ確かにそうなんだけど! でも川崎さんは呼び捨てしにくいっていうか、なんていうか……」


「それなんかイヤです。私もちゃんと呼び捨てしてほしいです」


「……う、うん。それじゃ……は、花?」


「はい! それでお願いします」


「いや待ってくれ。そっちは敬語が直ってないぞ」


「あっ、そうでし……ううん、そうだった! あははっ♪」


「そうそう敬語はなしだ。その……これからよろしくな、花」


「うんっ!」


 嬉しそうに口にする花の瞳にぱっと光が差し込むのが哲矢には分かった。

 その瞬間、これまで存在した壁が音を立てて崩れる音を哲矢は耳にする。

 

 ようやく彼女と打ち解けることができたのだ。

 それはなんとも言えない素敵な感覚だった。

 

 きっとこの瞬間のことを俺は大人になっても忘れない、と哲矢はふと思うのだった。

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