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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第71話 決別 その1

 道中、会話はまったくのゼロであった。


 三人で無邪気にしりとりをしていたことが遠い過去のように哲矢には思えた。

 けれど、あれは一昨日の出来ごとなのだ。


(なんか信じられないな)


 哲矢とメイは護送中の被疑者のような恰好でしっかりと後部席に括りつけられていた。

 あとで掃除の手伝いをしなければならないくらいアキュアの座席は泥で汚れてしまっている。


 美羽子は赤信号になると、「ちっ」と舌打ちをしてから片手に持った加熱式タバコの蒸気を大きく吸い込んだ。

 そして、ミラー越しに二人の姿を哀れむように覗き込む。


 これまでの美羽子では考えられなかった態度だ。

 どこか社家と似たような空気を哲矢は感じていた。

 

(大人って……いつもこうなのかよ)


 哲矢は疲れていた。

 一体どれが本物の彼女なのか、まるで見当がつかない。

 

 信号が青に変わると美羽子は強めにアクセルペダルを踏んで車を急発進させた。

 哲矢の横に座るメイはそんな美羽子の背中をもの凄い剣幕で睨みつけていた。


 アキュアに乗ってからメイの態度は180度変わった。

 まるで美羽子が一生の宿敵であるかのように強烈な嫌悪感を覗かせている。


 こんな関係だっただろうか?

 もう以前の彼女たちがどのような会話をしていたか、哲矢には思い出せなくなってしまっていた。


 哲矢のそんな考えに気づいたのだろうか。

 美羽子はフロントガラスを勢い良く叩きつける雨粒に目を向けながらようやく口を開く。


「宝野学園に寄った帰りなのよ」


「学園……ですか?」


 哲矢は何か嫌な予感がして反射的に声を返していた。


「朝に続いて本日二度目。放課後学園に来るようにって呼び出されて、結局1時間以上も小言を言われたわ。それと明日も顔を出すようにって」


「…………」


 そう口にする美羽子の後ろ姿をメイは相変わらずの剣幕で睨みつけている。


「まったく嫌になるわね。教頭にはこっ酷く叱られるし、本人たちに電話しても全然出ないし。挙句の果てあんなところで泥だらけのまま二人一緒にいるんだもの。目を疑ったわ。ほんとふざけてる……」


 彼女は怒りを滲ませながらハンドルをぎゅっときつく握った。

 本当はもっと怒りたいのだろう。

 これでも感情を相当セーブしているのが哲矢には分かった。

 

 もちろん、これはメイにも言えることであった。

 彼女たちの中に様々な感情が渦巻いているのは明らかだったが、お互いにそれを必死で抑え込んでいるように哲矢には見えた。


 一度トリガーを引いてしまえば、たちまち感情は制御不能なものになるということが二人には分かっているのだ。

 哲矢がこれまで体験したことのないような緊張感が車内に張り巡らされていく。

 

 しかし――。

 このような均衡が長く保たれるはずもなく。


 まるで、予定調和の中へ落ちるように、車内に渦巻く感情は暴発し始める。

 先に痺れを切らしたのは美羽子の方であった。


「……ねぇ、あなたたち。一体こんな時間までなにやってたの?」


 今がすでにギリギリの状態にあるということを十分に理解した上で彼女は容赦のない言葉を選んで口にする。

 おそらく、この先にどのような結末が待ち受けているか、彼女は分かっているに違いなかった。


「授業にもほとんど出なかったそうじゃない。それだけじゃなくて朝のホームルームでも教師と揉めごとを起こしたって。関内君、あなた言ったわよね? もう一度事件と真剣に向き合う機会がほしいって。授業をサボって、こんな時間まで大雨の中泥だらけになって遊ぶことが、あなたの言ってた事件と真剣に向き合うってことなの?」


「……っ、それは……」


「自分を変える大きなチャンスっ? 笑わせないでよ! こんなことのために、洋助さんが必死に頭を下げて懲罰を受けたんだと思うと……反吐が出るわッ!」


 ドンッ!


 車内にハンドルを思いっきり叩きつける鈍い音が広がる。


 なぜか哲矢は、大貴を探して廃校を訪れたということを美羽子に口にすることができなかった。

 傍から見れば彼女の言う通りふざけているようにしか見えないと分かったからだ。

 

 それに……と哲矢は思う。

 本当のことを話したところで、まだ大貴が事件に絡んでいるという決定的な証拠を見つけたわけではない。

 今の信頼関係のまま、将人は冤罪で捕まったと主張しても、おそらく美羽子は信じてくれないことだろう。

 つまりところ、哲矢は完全に自信を失っていたのである。

 

 だが、隣りに座るメイは違った。

 すでにホールドを外し、臨戦態勢で美羽子と対峙していた。


「ふふっ……」

 

 不敵にそう笑うと、メイは己の強い意思をもう隠すことはなかった。

 運転する美羽子目がけて挑戦的な口調を叩きつける。 


「面白いこと言うのね。なにやってたかですって? 無能な大人たちがなにもしてこなかったから、私たちはその尻拭いをしてただけよ」


「……なんですって?」


「日本語も分からないのかしら? 言葉通りの意味」


 彼女たちの感情はお互いに歯止めが利かないところまで昂ってしまっていた。

 ミラー越しに極度の緊張が走る。

 

 美羽子はそのままアキュアを路肩に急停車させると、後ろを振り向いてメイを真っ直ぐに睨みつけながら低くこう口にした。


「どういうことか、きちんと説明しなさい」


「話してもどうせミワコじゃ理解できないわ」

 

 太々しく言い放つメイのその言葉が均衡の崩れる合図となった。

 

シートベルトを素早く外した美羽子は乗り込むようにして後部席に座るメイの胸倉を掴むと「私にはそれを聞く義務があるのよッ!」と激高しながら詰め寄る。


「ふざけんな!」


 同じくメイも感情的な声を上げながら逆に美羽子の首元に手をかけようとしていた。

 さすがにこれには哲矢も止めに入りざるを得なかった。


「やめて……くださいッ……!」


 メイと美羽子を引き離そうとする哲矢であったが、狭い車内な上に二人とも興奮状態にあったため、思うように上手くいかない。


 けれど、ここは年頃の男子だ。

 最終的には力に任せて彼女たちの取っ組み合いを仲裁することに哲矢は成功するが、美羽子は諦めずに同じ問いを繰り返し唱えてきた。

 

「一体隠れてなにをやってるのよッ! 私にはそれを聞く義務があるって分かるでしょッ!?」


「あんたに話したところで理解なんてできないわ!」


 これでは堂々巡りだ、と哲矢は思った。

 この場の流れを変えられる存在は哲矢以外にいなかった。


 隠しても意味はないということを悟った哲矢は、美羽子に自分たちの考えを打ち明ける決意をする。

 言葉は自然と零れ落ちていた。


「……生田将人には、冤罪の可能性があるんです」

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