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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第70話 メイの一面

「…………。ぅッ……」


 鈍い痛みとともに仰向けとなった哲矢は薄っすらと目を開ける。

 一瞬自分がどこにいるのか分からなくなるも、すぐにここが廃校であるということに哲矢は気づく。

 

(……そうか。俺、気を失って……)


 先ほどまで光の差し込んでいた廃校の廊下は真っ暗となっていた。

 ぶるりと寒気も感じる。

 だが、同時に安心感のようなものも存在した。


(……ん? なんだ?)


 やがて、哲矢は自分の胸元に重さを感じることに気がつく。

 そっと顔を動かしてその方に目を向けると、覆い被さるように眠りについているメイの姿が見えた。

 

 きっと介抱している途中で寝てしまったのだろう、と哲矢は思った。

 普段なら動転してしまう状況であったが、不思議と哲矢はこれをすんなりと受け入れていた。


 メイとこうして温もりを共有して眠りに落ちていたことがごく当たり前の景色のように感じられたのだ。

 それは、二人が互いに対して心を許している証でもあった。

 

 覆い被さった彼女の体からは少しだけ汗ばんだ匂いがした。

 美しいブロンドの髪もぼさぼさとなってしまっている。


 今日一日色々と駆け回ってきたのだ。

 メイも相当に疲れたに違いない、と哲矢は思った。


 けれど、ずっとこのままというわけにはいかない。

 辺りは不気味なほど暗く、外からは大雨が降る音が断続的に聞こえていて、とてもではないがこのままこの場所に留まってはいられなかった。


 脇腹に抱える痛みを堪えて体を起こすと、哲矢はメイにそっと声をかける。


「メイ、起きてくれ」


「……んんっ、ぅっ……」


 哲矢が何度かメイの体を揺らすと彼女はようやく目を覚ました。

 

「……テ、ツヤ……?」


「ありがとう。介抱してくれていたんだろ?」


「……っ!? テツヤッ! 体大丈夫なのっ!?」


「蹴られた箇所にまだ痛みは残ってるけどこれくらい平気だ」


「……そ、そうっ……。すぐに気を失ってしまったから、本当に心配したわ。でも……よかった。ちゃんと生きてた」


 暗くてはっきりとは分からなかったが、メイの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるように哲矢には見えた。

 少しだけ照れ臭くなっていつもの調子でつっこんでしまう。


「おいおい、生きてたってまさか死んだって思ったのか?」


「だって……。あれだけ乱暴に暴力振るわれたらそう思うでしょ、普通……」


 メイの声には普段の覇気がない。

 どこかしおらしくなっている彼女に哲矢は調子を崩されつつも、内心では嬉しさを抱いていた。

  

 目を覚ましたというのにメイはなかなか哲矢から離れようとしない。

 それは哲矢に新たな感情を芽生えさせるのに十分な距離感で……。


 だからこそ、哲矢はそれをぶっきら棒に振り払ってしまう。

 

「それで、いつまでくっついているんだ?」


「……えっ?」


「そりゃ俺が心配なのは分かるけどさ。愛情を向けられても俺は応えられないぜ」


 今朝、メイに言われた台詞をおちゃらけながら哲矢は口にする。

 こういう態度しか取れないのだ。 

 メイは一時のパートナーに過ぎないということを哲矢は十分に理解していた。


「は、はぁっ!? べ、別にあんたに愛情なんてこれっぽっちも持ってないわよっ!」


 どこか顔を赤くさせながらメイは哲矢から離れる。

 そして、気恥ずかしそうに乱れた髪と制服を直しながらぷいっとそっぽを向いた。


(そうだ。俺たちの関係はこうなんだ。ふざけたり、皮肉を言い合ったり、バカにしたり……。これでいいんだ)


 哲矢は脇腹を抱えながらゆっくりと立ち上がる。


「よし。収穫もあったことだし、そろそろ宿舎に戻ろうぜ」


「……ええ。そうね」

 

 そう口にするメイの表情は髪に隠れて見えなかった。

 今彼女が何を感じているか、哲矢には分からない。

 けれど、パートナーに過ぎない以上、そこから先は哲矢が足を踏み入れて良い領域ではなかった。




 ◇




 二人は階段を下って正面玄関から廃校の外へと出る。

 来る時よりも雨は酷くなっており、グラウンドには大きな沼がいくつもできていた。


 当然、ビッグスクーターもその場から姿を消している。

 どれくらい意識を失っていたかは分からないが、彼らはあれからすぐに廃校を後にしたに違いなかった。

 

「くしゅんっ!」


 珍しく可愛らしい声がしたかと思えば、メイがくしゃみをして体を震わせていた。


 びしょ濡れの状態であのように冷え込む廊下で長時間眠っていたのだ。

 それに春だからといって夜の気温はまだ低い。


 このままだと二人とも風邪を引きかねない、と哲矢は思った。

 

「一気に走ろう!」


 哲矢はメイの手を掴んで校門まで全速力で校庭を駆け抜ける。

 ブレザーやスカートは泥だらけとなっていたが、そんなことを気にしている余裕は二人にはなかった。

 

「……っ、門扉が開いてるわ……」


 校門まで辿り着くとメイが驚いたように声を上げる。


「はぁ、はあっ……あいつらが、開けっぱなしにして、出て行ったんだろっ……」


 哲矢は校門を抜けると、小さな車道沿いの歩道に脇腹を抱えたままうずくまってしまう。

 少し無茶をして走り過ぎたようだ。


「ちょ、ちょっと……大丈夫っ?」


「……も、問題ない……はは……情けねぇなぁ……」


 幸い通りには車や通行人の姿はなく、不法侵入した件を咎められる心配はなかったが、体力は今にも尽きそうなほど弱っていた。


「待ってて。今タクシー呼ぶから」


 そう言ってメイはスカートのポケットを弄ってタクシーチケットを取り出す。

 だが、それはふにゃふにゃに破れてゴミ屑に変わってしまっていた。


「それ、使えないな……」


「へ、平気よっ! こんなものなくても普通にタクシー呼びましょう。お金がどうこう言ってられる状況じゃないし」


 メイは今度はブレザーの内側を弄ってスマートフォンを取り出す。

 そして、画面の触ったり、本体を左右に振ったりするのだが……。


「嘘でしょ……」

 

「どうした?」


「スマホ……。電源入らなくなってるわ」


 すぐに哲矢もスマートフォンを取り出して電源が入るか確認してみるも結果はメイと同じであった。

 液晶に水シミができてしまっている。

 おそらく、この大雨の中で何も気にせずに動き回っていたことが原因だろう。


「こっちもだ。これじゃ宿舎にも連絡できない」


 けれど、そう口にしつつも哲矢は内心ホッとしていた。

 迎えを呼べば、なぜ授業をサボってこんな場所にいるのかと、説明を要求されるに違いなかったからだ。

 今はそれに対して理由を説明できる自信が哲矢にはなかった。


 スマートフォンが見れないので今が何時かは分からなかったが、辺りの暗さから考えても夕方を過ぎてしまっていることは明らかだった。


 居住区からは少し離れているためか、すでに辺りに人の気配はなく、まるで二人だけこの場所に取り残されてしまったような感覚を哲矢は抱く。

 

 「どうしよう……」とメイが不安そうな声を上げる。

 こちらの具合を心底気遣ってくれているのが哲矢には分かった。

 これまでのメイらしからぬ殊勝なさまに哲矢の胸は熱くなる。


 自分のためにこれ以上彼女を雨風に晒すわけにはいかない、と哲矢は思った。

 

「……大丈夫っ。普通に歩け、るから……」


 そう口にして哲矢は立ち上がろうとするも、体はなかなか言うことを聞いてくれない。

 そのまま水たまりに足を滑らせて派手に転んでしまった。


「ちょっとテツヤっ!?」


「い、てて……ははっ、なにやってんだ俺……。悪いけど、肩貸してくれないか?」


 哲矢はメイの協力を受けてなんとかその場から立ち上がる。

 膝はガクガクと震え、脇腹に走る痛みは先ほどよりも強くなっていた。

 この感じだと歩いて帰るのも難しいだろう、と哲矢は思った。

 

「歩けそう?」


「……正直言うと、結構キツいな……」


「分かったわ。テツヤは少しここで待っていて。私、そこの大通りまで行ってタクシー捕まえてくるから!」


 メイは哲矢を一旦その場に座らせると、土砂降りの雨も厭わず大通りまでタクシーを呼びに行こうとする。

 その献身的なメイの態度に、哲矢はこれまで彼女に対して誤った認識をしてきたことに気がつく。

 本当の彼女はこうも健気で優しさに溢れているのだ。


「……すまん。頼んだ……」


 哲矢がそう口にすると、メイは笑顔を見せて愛らしいえくぼを覗かせた。


 ちょうどその瞬間――。

 前方に車のヘッドライトが見えた。


 メイは少しタイミングを失ったようにその場で哲矢としゃがみ込んだままであった。

 通過したら駆け出すつもりだったのだろう。

 

 だが、その車は何かを察知したようにゆっくりと減速し、最終的には哲矢たちの真横に停車する。

 この間一瞬のことで、二人は何かを判断する暇さえもなかった。


 運転席の窓ガラスが開く。

 どこかそのような予感が哲矢の中にはあった。


 いつもこうなのだ。

 寸前のところで何か邪魔が入ってしまう。


 中から顔を覗かせたのは哲矢たちのよく知る人物。


「……あなたたち、こんなところでなにやってるの?」


 鋭く目を細め、乗り出すようにこちらを睨みつける美羽子がそこにいた。

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