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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月4日(木)
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第7話 クラスメイトの名は川崎花

「おーい。席に着け~。ホームルーム始めるぞ」


 社家は少しだけ表情を作り、生徒たちにそう呼びかける。

 彼の一声と共にざわめき立っていた教室が一気に静まり返った。 

  

 生徒らはすぐに社家の言葉に耳を傾ける恰好となる。

 教育がしっかりと行き届いているのだろう、と哲矢はその光景を見て思った。

 なぜか、結束力のようなものさえ感じさせるから不思議であった。


「よぉし。それじゃ、出席取るぞぉ~」


 まるで家族に接するかのように社家は生徒の名前を親しげに読み上げていく。

 地元の高校の教師はここまでフレンドリーではない、と哲矢は思う。


 この学園の生徒は教師からきちんとした愛情を受けて育っているのかもしれない。

 彼らのやり取りを初めて見た哲矢の第一印象はそんなものであった。


「……大体揃っているな。お前ら。今日は新学年の始まりの日だな? 新しい日には新しい仲間がやって来る。ここで転入生を紹介するぞ~。外の二人、中へ入って来い!」


 そう仰々しく口にした社家は廊下に向けて大きく手を振ってくる。


(行くぞ……)


 この時ばかりはさすがに哲矢もメイと目で合図を取り、一緒に教室へ入ることを確認し合う。

 ゆっくりとドアを開け、哲矢が先頭に立つ形で中へ足を踏み入れた二人は、そのまま社家に招かれて教壇の上へと登った。


 静まり返った教室が一気にざわめき始める。


(……っ!)


 その突き刺さる無数の視線に耐え切れず、哲矢は思わず顔を背けてしまう。

 対してメイは、無表情のまま堂々と教室を見渡していた。


「おい、静かにしろー。あとで紹介するから」


 社家が始業式の段取りや諸連絡を手短に話し始めると教室は再び静かになった。

 哲矢は顔を俯かせながら、車内で美羽子が口にしていたことを思い出していた。


 このA組は普通科といって、理系文系の両方の生徒が揃っているらしい。

 担任の社家だけは今年度からこのクラスを受け持つことになったらしいが、基本的に生徒は高二の時からメンバーは変わっていないのだという。


 事件を起こした少年と被害者の四人もこのクラスの生徒であったようだ。

 そのためか、いくつか空席が目立った。


(いや……。それにしては多すぎないか?)


 まだ座席の三分の一ほどは埋まっていない。

 少年と被害者の数を抜いても空席は多く目立った。


 そんなことに気を取られているうちに社家の諸連絡は終わってしまったようだ。


「……とまあ、固い話はこの辺にしておいて。それじゃ、お待ちかねの転入生の自己紹介の時間だ」


 そう口にした社家は視線を哲矢とメイの方へ向ける。


(や、やべぇ……。なにも考えてなかったぞ……)


 だが、そのようにテンパっているのはどうやら哲矢だけであったらしい。

 メイは鬱陶しそうに哲矢を払いのけて前に出ると、毅然とした態度でクラスメイトに挨拶をする。


「高島メイ。カリフォルニア州から日本へやって来たわ。これからよろしく」


「……それだけか?」


「ええ」


 社家が訊ねても、メイは相変わらず涼しい表情を貫いていた。

 その無機質な自己紹介にどういう反応すれば良いのかとクラスメイトらは困惑気味だ。

 さすがに社家も彼女のこの簡素な振舞いには驚いたようで続く言葉を無くしていた。


「……こんな自己紹介。誰も真剣に聞いていないわ」


 メイはそう呟きながら後ろへと下がる。

 それは誰に向けられた言葉なのか分からないくらいの小さな声だった。

 しかし、それで哲矢の心は決まった。


(そうだ。こんなものに意味はないんだ)


 哲矢はそれを教訓として知っていた。


 何ごともなく、関わりもなく。

 それが哲矢のモットーだ。


 だから、哲矢はクラスメイトにではなく社家に向けて口にする。


「……すみません。話すことはなにもないです」


「は?」


「どうぞ、ホームルームを続けてください」


 そう言って一歩下がると、哲矢は口にチャックを閉めた。

 無愛想な二人の言葉に教室は静寂に包まれる。

 そんな乾いた空気を裂くように、社家がおどけた口調でフォローしてきた。


「っとまあ、こんなユニークな奴が関内だ。二人は文部科学省が推奨する教育計画の一環で短期間だけうちのクラスへ体験入学することになった。色々と分からないこともあるだろうから積極的に教えてやってくれ。それじゃ、体育館に移動するぞ~」


 社家のかけ声と共に教室に騒がしさが戻る。

 クラスメイトらは不思議そうな顔をしながら教壇の方をチラチラと覗きながらも体育館へ向かう準備を始めていた。


「高島と関内は後ろに二つ席が空いてるからそこを使ってくれ。おーい、川崎っ!」


「は、はいっ……!」


「ちょっとこっちへ来いー」


 川崎と呼ばれた女子生徒が慌てた様子で教卓の前までやって来る。


「悪いけど、お前は席が近いからこいつらの面倒を少し見てやってくれ。分からないことがあると思うから」


 社家はその女子生徒の肩を軽く叩くと颯爽とした足取りで教室から出て行ってしまう。

 あとには哲矢たち三人がその場に残された。


「……えっと……」


 頼まれた女子生徒が困惑気味にこちらを覗き見ていた。


(そりゃ、そうだよな)


 あんな投げやりな自己紹介を目にしたのだ。

 どう接すればいいか、普通なら分からないはずである。

 彼女の態度は正しい、と哲矢は思う。


(鬱陶しく思われてるだろうな……)


 だが、意外にも目の前の女子生徒はすぐに笑顔を作り、哲矢たちを温かく迎え入れた。


「川崎花って言います。これからよろしくお願いします。高島さんに……関内君?」

 

「あっ、はい……。関内哲矢です。こちらこそよろしくです!」


「…………」


 メイは黙ったままであったが一応小さく頷いていた。

 花と名乗った女子生徒は、ショートボブをツインテールにして髪を綺麗に編み込んでいた。


 優しそうな笑顔からは人の良さが窺える。

 きっと友人も多いに違いない。

 まさに優等生タイプのおっとりとした女子という印象であった。

 

「これから始業式が始まるのでとりあえず体育館へ移動しましょう」


「う、ういっす……!」


 ぎこちないながらも会話を成立させた哲矢は、笑顔を見せる彼女の後について教室を出ていく。

 メイも自然とその後に続くのであった。

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