第68話 アジトの痕跡
「ここにもいないわね……」
「そうだな。次に行こう」
2校目の廃校の探索を終えた哲矢たちは、土砂降りとなった雨の中をびしょ濡れのまま駆け出す。
鈍よりと厚みを増した雲は終日雨を降らすと宣言しているかのように不気味だ。
さすがにメイの顔にも焦りの色が見え始めていた。
体力的にも時間的にも次で最後にした方がいい、と哲矢は考える。
いくら春になって比較的暖かくなったとはいえ、これほど長時間冷たい雨を浴び続けていては体調を崩しかねなかった。
3校目の廃校は2校目の廃校から直線距離にして500mほどと少し離れた場所にあった。
しばらく歩いていくうちにその外観が見えてくる。
(なんかここは比較的新しい感じだな)
これまで訪れた廃校に比べ、目の前の廃校は閉鎖されて間もないような印象を哲矢は受けた。
人の手入れがあった面影が窺えたのだ。
遠目に見れば現役の学校と言われても分からないに違いない、と哲矢は思う。
その廃校の校門は大通り脇の小さな車道に面していたので、いくつかの行き交う車の姿があった。
ただでさえ宝野学園の制服を着て目立っているのだ。
このびしょ濡れの姿を見られたら明らかに不審に思われるに違いない。
(今回は細心の注意を払わないと……)
「……っておい!?」
「うんしょ」
メイはかけ声とともにお馴染みの要領で門扉を乗り越えていた。
またまた車の通りや人影がなかったからよかったものの、見つかれば一発で通報レベルだ。
(それに続く俺も相当マヌケだけど……)
門扉に手をかけて乗り越えようとする哲矢であったが、すぐにある違和感に気づく。
(あれ? ここの門扉も動くぞ……)
実は先ほど訪れた2校目の廃校も少し力を入れると門扉は簡単に動いたのだ。
ただ、やはり開けっ放しのまま中へ入ると厄介なことになりそうだったので、哲矢もメイと同じように門扉を乗り越えて校庭に降りることにした。
するとすぐに、その場でじっと雨に打たれながら立ち止まっているメイの後ろ姿が哲矢の目に映る。
「なにやってるんだよ。早く校舎に入らないと目立つだろ」
「……ちょっと待って。これ見て」
彼女は地面を指さしていた。
それを目にして哲矢は思わず笑みを零してしまう。
いくつかのタイヤの跡が校舎へ向かって一直線に伸びていたのだ。
おそらくバイクが何台か走ったのだろう、と哲矢は思った。
この泥水の中でも跡が残っているということはその者たちがまだこの場所を訪れてそれほど時間が経っていないということを意味していた。
それが分かると同時に哲矢の中に突然緊張感が沸き起こってくる。
何者かがこの場所を訪れているという事実がはっきりとしたからだ。
「ふふふ……やっと見つけたわ」
だが、メイにとってこれは好材料のようであった。
不敵な笑みを一瞬覗かせると、「テツヤ行きましょう!」と口にして泥まみれになることもいとわず駆け出していく。
顔を一度パンッと叩き、哲矢も彼女の後に続いて走り出すのだった。
二人はすぐに自分たちの読みが当たっていたことに気がつく。
正面玄関に乗り上げるようにして数台のビッグスクーターが駐輪していたのだ。
それを視界に収めていると……。
(――ぅッ!?)
突然、哲矢の脳裏に昨夜の出来ごとがフラッシュバックする。
(まさかこれって……)
嫌な予感を抱きつつ、哲矢はもう一度そこに駐輪されているビッグスクーターに目をやった。
「どうしたの? 早く入るわよ。中に誰かいるのは間違いないわ」
「あ、ああ……」
首を振って嫌な予感を追い払うと、哲矢はメイと一緒にその比較的真新しい校舎の中へ入っていく。
1階の廊下に足を踏み入れて真っ先に気づいたことは、異臭もなければ埃っぽくもないということであった。
今にもお化けが出てきそうであったあの1校目の廃校とは明らかに雰囲気が違う。
新鮮な空気が校内には流れ込んでいた。
背中を伝って落ちるのは雨の雫か嫌な汗か。
不快さをワイシャツの裏に感じながら哲矢はメイと一緒に1階部分を慎重に進んでいく。
校舎は部屋の配置が少し異なるだけで構造はそこまで変わらないのだということを二人はこれまでの探索で要領を得ていた。
無駄のない動作で順路を辿っていく。
そっと一つ一つ部屋を覗いていくも、そこに人がいた痕跡を見つけることはできない。
というよりも、誰かがこの建物にいるという気配をまるで感じることができなかった。
(いや……いないはずがない。ビッグスクーターが停められていたんだ。必ずこの校舎のどこかに潜んでいるはずだ)
そう思い慎重に辺りを見渡しながら哲矢が探索を続けていると、メイが何かを発見したらしくそれを持って近づいてくる。
どこか保護欲をくすぐるような甘ったるい声で彼女はこう口にした。
「ねぇねぇ……テツヤにこれあげたいんだけど」
「急になんだよ? なにか見つけたのか?」
「いいから。手のひら出してほしい」
「はぁ……?」
意味が分からず、哲矢が手のひらを差し出すと……。
「――ぶっッ!」
メイによってGの死骸が投げ込まれる。
「なにくれてんだお前ぇぇーーっ!?」
「あははっ~♪ 引っかかった~」
「人からかって遊んでる場合か! っうか、よくそんなもの持ってきたなぁおいっ!?」
「まぁ、冗談はこれくらいにしておいて」
冗談でそんな気色の悪いものを人の手に乗せるとかどんな神経しているのだと心の中でつっこみつつ、哲矢はメイが再び差し出してきたものに目を落とす。
彼女は薄汚れたコンビニの袋としわだらけのレシートを手にしていた。
「これ見てほら」
メイはレシートに書かれた商品名を指さす。
そこにはずらっと未成年者が購入してはいけない嗜好品が羅列されていた。
缶ビールや缶チューハイ、煙草に加熱式タバコなどだ。
「すごいな」
「相当な量を購入してるわね。日付は一昨日の午前10時ってなってる」
大人でも朝からコンビニでこれだけの買い物をすれば白い目で見られるに違いない。
これを買った者が大貴たちとは断言できなかったが、何者かがこの廃校を訪れて潜窟にしているのは確かなようだ。
「これで定期的に誰かがこの場所を訪れているのは分かったわ。あとはそれがハシモトたちかどうか調べるだけね」
「ああ、もっと見て回ろう」
そう平静を装って口にする哲矢であったが、心の中で不安は広がり続けていた。
彼らがこの廃校のどこかに潜んでいた場合、このまま遭遇することになっても問題はないのか。
下手すると命の危険も孕んでいるかもしれないのだ。
顔を少しだけ青ざめさせる哲矢であったが、メイは何がおかしいのか面白おかしそうに笑みを浮かべていた。
「ふふふっ、これから会うのが楽しみ」
彼女はコンビニの袋とレシートをひらひらとさせながらこう続ける。
「仮にもし、市長の息子であるハシモトがこの廃校をアジトとして日夜集会を繰り返していたのならとんでもないことね。さらにそいつがマサトを罠にかけて鑑別局へ送り込んだっていうのならこれほど愉快な話はないわ。徹底的にこらしめるべきよ」
「まあ、言いたいことはわかるけどさ」
どこからその自信が湧いてくるのか、たまにメイが頼もしく見えるから不思議だ。
もちろん、哲矢もそれが事実なら大貴には相応の罰を与える必要があると考えていた。
そのためには何度も言うように証拠が必要だ。
(本人からの証言でもなんでもいい。それを手に入れなきゃ将人の無実は証明できないんだから)
気を引き締め直し、哲矢はメイと一緒に探索を続けるのであった。




