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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第67話 恐ろしい廃校巡り

 桜ヶ丘ニュータウンには廃校が11校あると花は口にしていた。

 それはまさに高齢化が進むこの街の現状を表していると言えた。


 桜ヶ丘市が焦って子供たちを囲うように宝野学園のような場所を作ったのも頷ける。

 そのような局面に立たされている街の市長の息子が廃校を自分たちのアジトにしているのだから皮肉だ。


 そんなことを考えながらメイの後を追いかけて走っていると、哲矢は急にどこへ向かっているのかが不安になり背中越しから彼女に声をかける。


「お、おいメイっ……! 大貴の居場所っ、当てがあって、走ってるのかっ……!?」


「そんなものっ……ぜぇっ、あるわけ、ないでしょっ!」


「だ、だったら、はぁっ、どうするんだっ……?」


「一ヶ所、ずつ周っていくっ、しかないわ……!」


「ま、マジかぁっ、はぁっはぁ……ちょ、ちょっと休憩し……」


「そんな時間ないから! とにかくっ今は、ぜぇっ……走りな……さいっ……!」


 雨風を掻き分けて先頭を突っ走る後ろ姿は実に漢らしい。

 だが、肉感的な白い生脚がスカートを翻すたびに露わとなる色っぽさもそこには存在して、そのアンバランスさが哲矢に妙な感情を与えていた。


(……いやいや、なに余計な考えてるんだ俺は!? 今は走ることに集中しろって!)


 邪な気持ちを払いのけ、哲矢は先を走るメイの後に続いていく。


 しばらくそのようにして走っていると哲矢はあることに気がつく。

 先ほどからすれ違うたびに歩行者に不審な目で覗かれるのだ。


(やっぱりこの制服だと目立つよな……)


 びしょ濡れの状態で走っていることもまた警戒心を与える一因となっているに違いない。


 雨風は次第に激しさを増していき、哲矢たちの視界を徐々に奪っていく。

 以前から靴はびしょびしょの状態であったが、雨がさらに染み込んで踏み出す足はかなり重くなっていた。


 もちろん、前を走るメイも似たような状況に違いない。

 けれども彼女は弱音も一切吐かずに前を走り続けていた。


 おそらく、今メイの頭の中には『時間がない』という思いがあるのだろう。

 花にはあのように言ったが、下校の時間を迎えれば暇を潰す必要もなくなるので大貴たち仲間が廃校から立ち去ってしまう可能性があった。


 なんとか今日のうちに蹴りをつけてしまいたいという思いは哲矢も同じだった。

 

 そもそも本当に廃校にいるのかという根本的な疑問もあったが、ここは先を走るメイを哲矢は信じる。

 こういう時の彼女は何かやってくれそうな期待があるからだ。


(頼むぜ……お姫様っ)


 心の中でそう称えつつ、哲矢は脚に力を込めて先を急ぐのであった。

 



 ◇




 哲矢たちが向かった先は中期に建設された団地が多く残る第五区画と呼ばれるエリアであった。

 宝野学園がある第二区画からは直線で大体2kmほど離れた距離にある。


 「この辺りが一番廃校が密集していたから」とメイは息も切れ切れにこのエリアを目的地にした理由を口にする。

 おそらく、先ほど川の畔で休んでいた際に彼女も廃校の場所を調べたのだろう。


 宝野学園からは離れているため大貴らがいる可能性は高いとは言えなかったが、11校すべて周るわけにもいかないため、近場で一気に見て回れるメイの読みは得策だと言えた。

 

 細い車道が途切れた先に一校目のそれはひっそりと佇んでいた。

 おそらく整備の途中で延長計画か何かが中止になったのだろう。

 この道を使って通学していた生徒はきっと不便だったに違いない。


 車道はあちこちがデコボコとなっていて、アスファルトからは草がいくつも生えていた。

 大きな森林が校舎を囲むようにして存在し、近くの団地も廃墟となっているようだ。

 どれも放置されてから相当の年月が経過していることが窺える。


 この地域一帯がゴーストタウン化していると言っても過言ではなかった。

 夜に訪れたらきっといい肝試しとなったことだろう。

 

 「忘れ去られた学校か……」と哲矢は小さく口にする。

 大量の雨が染み込み、おどろおどろしさを得た荒んだ校舎は、哲矢に救いのない絶望を連想させた。


「なにセンチになってるのよ。こんなところにいたらびしょびしょになるからさっさと中調べるわよ」

 

 メイは人目も気にせず門扉をよじ登って一足先に校庭へ足を踏み入れる。


 校門には学校名が記されたくすんだプレートが掲げられていた。

 経年劣化が酷くすべて読み取ることはできなかったが、辛うじてここが中学校であったということは分かった。


 哲矢もメイの後に続き、雨で足を滑らせないように注意しながら門扉を乗り越える。

 人の気配は皆無であるとはいえ、仮にもし警察に見つかりでもすれば住居侵入罪で捕まるに違いなかった。

 湿った草でぬかるんだグラウンドをおっかなびっくりに歩く哲矢とは対照的に、メイは何やらブツブツと文句を口にしながら進んでいた。

 

「……こんな廃校をねぐらに学園を平気でサボっているくせに、そのことは親に内緒にしているなんてやってることが卑怯なのよ。堂々としてないわ。明らかに竿なしね」


 仲間のうちの一人は女子生徒なのだが……と、哲矢は口に出さずに心の中でつっこむ。

 そのようにして校庭を渡っていると、やがて黒ずんだ校舎の正面玄関が見えてきた。 

 

 ガシャガシャッ。


「ダメね。開かないわ」


 すぐにそこが開くか確認するメイであったが、どうやら施錠されて開かないようだ。

 当然と言えば当然だろう。

 こんな場所出入り自由なら不良たちの溜まり場となってしまう。

 

(だがら大貴たちは廃校をアジトにしてるんだろうけど)


 そんなことを考えながら他に入れそうな場所がないか哲矢が辺りを見渡していると……。


 パッリーンッ!


 すぐ近くで窓ガラスが軽々しい音を立てて割れる。

 当然、犯人は彼女しかいない。


「やると思ったぞ」


「だって、こうする以外に中へ入る方法なさそうでしょ?」


「もっと入れる場所がないか探すっていう選択肢はお前の中にはないのか!?」


「ええ全然」


 悪びれる様子もなくメイは大きな石で窓を器用にすべて叩き割ると、ひょいっと校舎の中へ足を踏み入れる。

 

(今さら窓ガラス一枚割ったところで誰も気づかないんだろうけどさ)


 飛び散ったガラスの破片に気をつけながら、哲矢もメイと同じ要領で中へ足を踏み入れた。


「んげ……なんだよこの匂いっ……」


 校舎の中に足を踏み入れた瞬間、異様な悪臭が哲矢の鼻孔を刺激する。

 むせるような甘酸っぱい臭いとでも表現するべきか。

 神経をすり減らすような公害的な悪臭が校舎の中には充満していた。


「それに暗すぎるな……」


 雨が凌げることはありがたいことではあったが、中は想像以上に薄暗かった。

 手で鼻を塞ぎながらメイの後に続いて哲矢はゆっくりと進む。


「ま、仕方のないことよ。ただでさえ今日は雨で光がまったく入ってこないわけだし」


 メイはこの状況が不快ではないのか、特に気にする様子もなく蜘蛛の巣だらけの校舎を毅然とした足取りで進んでいく。


 校舎の柱や壁は至るところが傷んで老朽化していた。

 再利用されずに放置されているのも頷ける。

 これではさすがに人が利用できない。


「けほ、げほっ……」


「大丈夫?」


「……臭いもそうなんだが、埃っぽくて……けほっ」


「戻って外で待っていてもいいわよ」


「いや……大丈夫っ、先を急ごう」


「そう?」


 さすがにこの状況で女子一人を置いて戻るわけにはいかない。

 仮にもここは大貴たちのアジトかもしれないのだ。


(まあでも、こんな場所を出入りするとは思えないけど……)


 メイは好奇心旺盛な少年のように物怖じすることなく辺りにあるものを熱心に見て回っていた。

 案外、こういう探検のようなことが好きなのかもしれない。

 

「こんなことならライターでも持ってくればよかったわね」


 謎に前のめりなメイの言葉を聞き流しつつ、哲矢はそのまま彼女と一緒に2階3階へと上がって探索を続けた。

 階を上がるごとに鼻孔を刺激する悪臭は強さを増していき、その薄汚れた空気に哲矢の思考は寸断されていく。


「ごほ、ごほッ……。メイもう、戻ろう……! げほっ、こんなところ、誰もいないって……!」


 さすがにこれ以上の探索は無理だと哲矢が白旗を上げても、メイは異様にテンション高く周囲を駆けずり回っていた。

 というよりも壊れていた。


(絶対ヤバイ毒が回ってんだろこれ……!? 退散だ退散っ!!)


 哲矢は一心不乱に探し回るメイの手を強引に取って一目散に1階へとかけ下りる。

 こんなところに長時間いたらどうなるか分かったものではない。

 

 侵入した窓から無事外へと逃げ出し、空気を吸って雨風に当たる頃には、メイも正気を取り戻していた。


「なんかすごく頭が痛いわ……」


「分かる。気持ち悪いな」


 悪臭の正体が一体何だったのか気になるところではあったが、これ以上はあまり深く首をつっこまない方が懸命だと言えた。

 哲矢たちは一つの学びを得つつ、激しく降りしきる雨の中、1校目の廃校を後にするのだった。

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