第66話 善意のぬけがけ
哲矢たちは人気がない桜ヶ丘プラザ駅近くを流れる川の畔へと移動する。
三人でベンチに腰を掛けると、改めて今後の予定について話し合うことになった。
「とりあえずさっきの女の言葉を信じるのなら、ハシモトは廃校に出入りしているようね。ニュータウンにある廃校ってどれくらいあるの?」
「ちょっと待ってください、調べてみます」
花はブレザーの内ポケットからスマートフォンを取り出すと何やら検索し始める。
その間、哲矢はメイに小突かれた。
「ちょっと」
「……ん? なんだよ」
メイは花がスマートフォンに夢中となっているのを確認すると小声でこう続ける。
「(あとは二人だけでやるわよ)」
メイがなぜそんなことを口にするのか、哲矢は瞬時に理解した。
花はこの街で暮らしている人間だ。
少なくともあと1年はニュータウンで生活を送っていかなければならない。
仮にもし、大貴らの行方を追って何かしらの問題を起こせば、彼女の今後の人生に大きな傷跡を残す可能性があった。
その気にさせてしまった手前申し訳ない気持ちもあったが、花のためだと哲矢は心を鬼にする。
哲矢が黙ってメイに頷くと、ちょうどそのタイミングで花の声が上がった。
「分かりました、桜ヶ丘ニュータウンにある廃校の数。全部で11校みたいです。それでそのうちの……」
「なあ、川崎さん」
「……なんですか?」
「やっぱさ、一旦学園に戻ろうぜ」
「えっ? でも……」
「確かにテツヤの言う通りかもね。このままだと本当に丸一日無断で学園をサボることになるわ」
そうメイがスマートフォンを片手に持ちながら会話に参加してくる。
「ぶっちゃけ、これ以上目をつけられるような真似は避けたいんだ。大貴がどこを出入りしているか分かったんだ。一旦学園に戻って放課後また廃校巡りをしても十分に間に合うさ」
「そうかもしれないですけど……」
花の顔が一瞬歪むのが分かった。
何か反論したいのだろう。
だが、これ以上学園をサボることにも抵抗があるようだ。
彼女の中で使命感と道徳心が揺れ動いているのが哲矢には分かった。
やがて、花の中で一つの結論が出される。
「……でも、そうですね。分かりました。一度学園へ戻りましょう」
結局は道徳心が勝ったようだ。
二人揃って同じことを言われたため足並みを乱したくなかったのかもしれない。
(ごめん、川崎さん……)
罪悪感に苛まれながらも哲矢はメイとアイコンタクトを取ると、三人で早々に川の畔を後にするのであった。
◇
空は再び厚い雲に覆われ始めて今にも雨が降り出しそうな様相と化していた。
やはり、午後の降水確率100パーセントというのは間違いではなかったのだ、と哲矢は上空を見上げながら思う。
哲矢たちは桜ヶ丘プラザ駅のロータリーからバスに乗って宝野学園へ戻ろうとしていたが、この時間は学園を周回するルートは運行されていないようであった。
「それじゃタクシーで向かいましょう」
「タクシー?」
「早く学園に戻らないと授業終わってしまうかもしれないでしょ?」
「いやそうじゃなくて、そんな金俺たち持ってないだろ」
「さっき電話で話したでしょ? チケットを貰ったって」
「あーっ! そうだ思い出したぞ! 誰にそんなもの貰ったんだ」
「別にそんな細かいことどーだっていいじゃない。ハナ、そこに停まってるタクシーに乗っちゃって」
「わかりました!」
今日のうちで何度かこういうやり取りがあったのだろう、花はメイにそう言われると慣れた所作でロータリーに停車しているタクシーに乗り込む。
(どうせ風祭さんに貰ったんだろうけど)
確かに年頃の女子にタクシーチケットを持たせることは理解できることであったが、与える相手と数を間違えているのではないか、と哲矢は心の中でつっこみを入れる。
洋助の過保護さにため息を吐きつつ、哲矢も花の後に続いてタクシーに乗り込むのであった。
車に乗れば数十分かかる道のりもあっと言う間だ。
学園の真下を走る都道沿いで下車すると、三人は近場の階段を登って校門を目指す。
その足取りは自然と速くなっていた。
ぬかるみのある舗装されていない箇所を避けながら登っていくと、学園前に広がる公園が見えてくる。
「(テツヤ、下駄箱まで行ったら走って引き返すわよ)」
体を寄せて小声でそう口にするメイに対して哲矢はゆっくりと頷く。
そのまま三人揃って校門を潜ると、ちょうどそのタイミングで五時間目の終わりを告げるチャイムが辺りに鳴り響いた。
(よし。この分だと六時間目には間に合いそうだな)
平静を装いながら下駄箱に上がると、哲矢はメイに目で合図を送って花に気づかれないようにそっと踵を返す。
花がその場から二人が消えてなくなっていることに気づく頃には、哲矢とメイは校門の近くまで走って引き返していた。
遠くで何かを叫ぶ花の声が聞こえる。
けれど、二人は決して振り返ろうとはしなかった。
今ここで振り返れば決意が鈍ってしまうということを哲矢もメイも理解していたのだ。
(これでいいんだ)
彼女には帰る場所がある。
この先は自分たちの仕事だ、と哲矢は思う。
サボったことを社家に何か問い詰められるかもしれない。
迂闊な行動だと美羽子に責められるかもしれない。
それでも、哲矢は今こうして自分たちが取った行動を誇らしく思っていた。
メイも同じ気持ちかは分からなかったが、横目に覗く彼女の表情はどこか満足感に満たされているように哲矢の目には映った。
二人は必死で走り続ける。
その距離が開くほど花の安全圏が広がるような気がした。
ぱらぱらと降り始めた雨が哲矢とメイの体を静かに濡らしていく。




