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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月4日(木)
6/421

第6話 職員室にて

 玄関で来客用のスリッパに美羽子が履き替えるのを確認すると、哲矢とメイも同じように予め用意してきた上履きへと履き替える。


 校舎の中へ足を踏み入れてすぐに哲矢には気づくことがあった。

 廊下一つを見てもとても洗練されているのだ。

 地元の高校と比べると、雰囲気が至るところで異なるのが分かった。


 いくら郊外とはいえ、ここは東京なのだ。

 自分が日々過ごしてきた場所がどれほど田舎であったかを哲矢は痛感する。

 

 びしっと背筋を正しながら廊下を歩く美羽子の後に続いてしばらく進むと職員室らしき場所が姿を見せた。

 家庭裁判庁調査官としての責務を全うするように、彼女が先陣を切ってドアを開く。

 

「おはようございます。家庭裁判庁から参りました藤沢と申します。本日から体験入学でお世話になる者たちを連れて参りました。社家先生はいらっしゃいますか?」

 

 美羽子は入口の手前に座っていた若い女性教員に声をかける。

 すると、彼女は「少々お待ちください」と口にして部屋の奥へと消えていった。


 今日は始業式ということもあってか、職員室はどこか慌ただしかった。

 皆忙しそうに仕事に追われている。


 それから三人でそのまま待機していると、強面の角刈り頭の男性教員がこちらへとやって来た。

 この人が担任だったら嫌だなと哲矢がそんなことを考えていると、男の背後から先ほどの女性教員の声が聞こえてくる。


「すみません。社家は今会議に出席しておりまして……」


「そうですか。では、少し外で待たせていただきます」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる女性教員に軽く会釈すると、美羽子は哲矢とメイに一度外へ出るように手でジェスチャーを送る。

 廊下に戻ると、美羽子は短くため息を吐くのだった。


「悪いけどちょっとここで待つわね」


「はい」


 しばらくはこの場で待機かとなんとなく廊下の先へ哲矢が視線を向けていると、職員室のドアが開き、見知らぬ男が声をかけてきた。


「家裁の方たちですか?」


「えっ? あ、はい!」


「主幹教諭の社家です。すみません。今しがたまで朝の会議に出席していたもので」


「あぁっ、社家先生でしたか! 家庭裁判庁調査官の藤沢と申します。こちらこそ、ギリギリの時間となって申し訳ありませんでした。それで、この子たちが今回の……」


「話は教頭から聞いています。ところで藤沢さん。指定させていただいた書類はお持ちでしょうか?」


「はい。こちらに……」

 

 そんな感じで大人のやり取りが始まった。

 社家と名乗ったその男性教師は背がすらっとしていて顔立ちも整っていた。


 30歳くらいにしか見えないのに40代後半というから驚きだ。

 日頃から健康的な生活をしているのかもしれない。


 そして、二人の話しぶりから察するに、おそらく彼が担任のようであった。

 物腰は柔らかく丁寧な話し方をしているが、哲矢は一目見た時からなぜか社家が好きになれなかった。

 

 話がひと通り済むと、美羽子は深々とお辞儀をする。


「――ではすみませんが、あとのことはよろしくお願い致します」


「分かりました。それじゃ、二人とも。これから教室へ案内するから少しここで待っていてくれ」


 社家はそう言い残すと、片脇にいくつかのファイルを抱えたまま職員室へと戻っていく。

 

「……とまあ、こういうわけだから。あとは社家先生の言うことに従ってちょうだい。くれぐれもケンカはしないように。それと……今日の夜は外食する予定だから。特になにも用件がなければ真っ直ぐに帰ってきてね」


 そう美羽子は口にすると、手を振って来た道を戻っていく。

 その呆気ない立ち去り方に哲矢はぽつんと取り残されたような気分となる。


 美羽子がいなくなると、哲矢とメイの間には微妙な空気が流れ始めた。


(ケンカしないようにって……。まだろくに会話もしたことがないんだけど)


 メイが真横に並んでいるのは分かるが、顔をそちらへ向けることができない。

 何か声をかけるべきかと考えを巡らせる哲矢であったが、昨夜の彼女の言動が頭に浮かんでしまい、上手い言葉を見つけることができなかった。


 結局、哲矢とメイはどちらが声をかけることもなく、社家が戻ってくるまでは無言のままその場で待機していた。


 そんな居心地の悪い時間がどれほど続いただろうか。

 よくやく社家が職員室のドアを開けて戻ってきた。


「悪い悪いっ。ほかの先生方に伝えなきゃいけないことがあって遅くなったよ。これから案内するから」

 

「は、はい……。よろしくお願いします」


「…………」


 緊張する哲矢と違って、メイは涼しげな態度を貫いていた。

 そんな彼女の性格を事前に聞かされていたのか。

 社家は特に気にすることなく、手にした名簿へ目を落とす。


「えっと、君が関内――」


「関内哲矢です」


「はいはい。関内は3日間の体験入学っと。で、そっちの彼女が高島か」


 メイは無言のまま静かに頷く。


「高島は10日間の体験入学? 二人とも期間が違うんだな」


 その言葉を聞いて、やっぱり……と哲矢は思った。

 宿舎の滞在期間が長いのでなんとなくそうだろうとは思っていたが、どうやら入学期間も同じく長いようであった。


(どうしてだろう……?)


 だが、その辺りのところは深く詮索しないことにした。

 人にはそれぞれ事情がある。

 もちろん、それは哲矢も例外ではなかった。

 

 社家は名簿を閉じると、こちらが緊張していることに気づいたのか。

 哲矢の背中を手で思いっきり叩く。


「ほれ、そんな強張るな。きっと楽しく過ごせるさ」


「そ、そうだといいんですが……」


「それにしても大変だよな~」


「えっ?」


「少年調査官だっけか? そんなものに勝手に選ばれていい迷惑だろ?」


 職員室前の廊下には行き交う生徒の姿がちらほらとあった。

 こんな公の場でこの話題を堂々と口にしても大丈夫なのだろうか、と哲矢は思う。

 それに社家がどこまで少年調査官について知っているかも気になった。


 ただ、美羽子と詳しい話をしていたことから考えても、大体の事情は把握しているのかもしれなかった。

 哲矢はここは無難に相槌を打つだけに留めることにする。

 

「ええ。まぁ……」


 その答えに彼は満足したのか、笑顔を見せながらこう続けた。


「どこにいても学生の本業は勉強だからな。それだけは疎かにしないように」


「分かりました」


「短い間だけど、うちで有意義な学園生活を送ってくれ」


「ありがとうございます」


 そう言って微笑む彼のその笑顔は信頼できそうな気がした。

 どうやら最初の印象は思い過ごしであったようだ。


(少なくとも悪い人じゃないんだろうな)


 その後、社家の後について校舎をひと通り回ると、いつの間にか【三年A組】とプレートが掲げられた教室の前まで来ていることに哲矢は気づいた。

 ここへ至るまでどこをどう通ってきたのか、まったく意識していなかった。

 急に緊張感が高まってくる。


(いや、なに緊張してんだ。たったの3日だ。普段通り、いつも通りの俺で大丈夫だ)


 そう何度も自分に言い聞かせて、哲矢は高鳴る胸の鼓動を抑えようとする。


「ちょっと、ここで待っていてくれ」


 そう社家に指示され、その場に取り残された哲矢とメイは教室のドアを前にして再び廊下で待機することになった。

 二人はドアの窓越しから教壇に上がる社家の姿を見守るのだった。

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