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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第59話 芽吹く種

「……か、関内君。さっきはごめん……」


 哲矢が教科書を片づけていると、翠が申し訳なさそうな顔をして近寄ってくる。

 おそらく、先ほど数学教師に蹴られた時のことを言っているのだろう。

 脇腹の痛みはまだ鈍く残っていたが、この後の生活に支障が出るほどではなかった。


「なんで翠が謝るんだよ。あれは俺が悪いんだ。本来なら先生が来る前に終わらせなきゃいけなかったことだから。自業自得さ」


「自業自得だなんて、そんな……。ほ、本当にごめんね? なにもできなくて……」


 どこか歯痒そうに翠は下唇を噛む。

 彼にも彼なりの処世術があるのだろう。

 それを哲矢が責めることはできなかった。


 このままだと永遠に謝られそうだったので、哲矢は話題を変えることにする。

 もちろん、将人の件についてだ。


「でも、驚いただろ? 俺たちが将人の事件のために転入してきたなんてさ」


「……うん。けど、昨日お話した時になんとなくそうなんじゃないかって思ったから。そこまで大きな驚きはなかったよ」


「そっか」


 やはり自分の読みは間違っていなかったようだ、と哲矢は思う。

 翠は相当頭の切れる男なのだ。

 

「悪いな。昨日ちゃんと話すことができていたらよかったんだけど」


「い、いやっ! こんな風に告白するのだって本当に大きな決断だったと思うし、僕は関内君たちを応援するよ!」


「……うん。ありがとう」


 そう哲矢が礼を述べると、ようやく翠は普段の笑顔を取り戻した。

 

「実はさ。関内君の話を聞いて興味を持った子たちがいるんだ」


「えっ?」


「昨日、関内君も一度彼女たちの姿を見てたと思うんだけど。おーい、#野庭__のば__#さぁーん、小菅ヶ谷(こすがや)さーん!」


 翠はそう声を上げながら教室の中央の席に座っている二人の女子生徒を手招く。


(あっ……)


 それは、昨日公園で翠と一緒にいた女子たちであった。

 二人は翠の声に反応して立ち上がると、お辞儀をして哲矢たちの元へ近づいてくる。

 

「挨拶はまだだったよね?」


「はい」

「お話させていただくのは初めてです」


 彼女らは息をぴったりと合わせてそう口にした。


 どこか気恥ずかしさがあるのか、揃って伏し目がちに頷く。

 そのさまはまるで双子の姉妹のように哲矢には見えた。

  

「えっと、彼女が野庭さん。それでこちらが小菅ヶ谷さん」


「ういっす」


 哲矢が会釈をすると、二人の女子生徒は条件反射するように深々と頭を下げる。

 その仕草だけでも昨日翠が口にしたように彼女らがとてもシャイであることが窺えた。

 

 一見ボーイッシュに見えるショートカットの野庭と呼ばれた女子生徒は、緊張したように手をもじもじとさせている。

 ロングヘアの真面目な印象を受ける小菅ヶ谷と呼ばれた彼女も、同じく手を心許なさげに掴んだり離したりしていた。


 外見こそ違うものの、その姿はやはり双子のように見える。

 

「二人は僕と同じ放送部に入っているんだ。だから、よく休みの日なんかに集まって遊んだりしてね」


 翠は彼女らの内気な性格がよく分かっているのだろう。

 なるべく自分から話を振って場を円滑に進めようとしていた。

 

「教室でもほとんど一緒かな。それで、さっきちょっと話したんだけど。二人とも関内君の話を聞いて興味を持ったらしくて。なにか質問したいことがあるみたいなんだよね」


「なんだろう?」


 哲矢がそう訊ねるも、二人は恥ずかしそうにしてなかなか言葉が出てこない様子だ。

 それを見て翠がフォローを入れてくる。


「関内君に訊きたいことがあるんでしょ?」


 そう翠が確認すると、ようやく彼女らは自分たちの言葉で話し始めた。


「……あの……。すごく、感動しました」


 消え入りそうな声で野庭が呟くと小菅ヶ谷は神妙に頷く。

  

「えっ? あ、ありがとう」


 哲矢の反応を見て安心したのか、続けて二人は息をぴったりと合わせながら質問してくる。


「少年調査官って」

「どのようにして選ばれるのでしょうか?」


「えっと、俺が聞いた話によると、どうも全国の若者の中から無作為に選んでいるみたいなんだ」


「無作為……」

「……ですか?」


 彼女らは目を丸くして驚いていた。

 昨日の花と同じようなリアクションだ。


「へえ~。すごい確率だね」


 翠もその話に乗っかってくる。


 すると、驚くことに哲矢の周りにはちょっとした人だかりができ上がっていた。

 決して話かけてくるわけではないが、興味ありげな視線を送ってきている。


 今までのそれとはまるで違う。

 嫌悪感の含まれていない視線であった。


 それからしばらくの間、翠たち三人から質問を受けていると、遠巻きに覗いていた一人の女子生徒が哲矢に声をかけてきた。

 

「ねぇあなた。さっきほんの些細なことでも、なにか事件について知ってることや気になることがあれば教えてほしいって言ってたじゃん?」


「えっ? あ、ああ……言ったけど」


 突然、間に割って入られたことに驚く哲矢であったが、内心嬉しくもあった。

 

 彼女は運動部グループの内の一人だった。

 続けて後ろで様子を窺っていた他の女子三人も会話に参加してくる。


 彼女たちとは一度話をしてしまうと、打ち解けるのにそれほど時間はかからなかった。

 これまで散々悪意ある視線を送ってきた相手とは思えないほどだ。

 翠たち以上に積極的にあれこれと質問をしてくる。


 やはり、クラスメイトは将人の事件に関心がなかったわけではないのだ、と哲矢は思った。

 話をしているうちに、彼女らが事件について色々と不審に感じていることが伝わってくる。


 その中で哲矢は気になる言葉を耳にする。

 被害に遭った麻唯以外の三人にはある共通点があると言うのだ。

 それは、花からも聞いたことのない話であった。


「……それって、どういう……」


 哲矢がその共通点について訊こうとすると、四人は急に周りを気にし始め、「あはは……ちょっと話し過ぎたみたい」「これ以上私たちの口からは……」と話を濁されてしまう。


 その姿は、まるで目に見えない誰かの影に怯えているように哲矢には見えた。


 哲矢もそれ以上は深く追及しないことにした。

 ちょうど次の授業のチャイムが鳴ったので、哲矢が礼を述べると場は一旦お開きとなる。


「いや、色々と情報サンキュー」


「大変だろうけどさ、がんばってー」


 四人のうちの一人が代表してそう口にすると、彼女らも散り散りに自分たちの席へと戻っていった。


「……なんなんだろうな。共通点って」


 彼女たちの姿を見送りながら何となく哲矢がそう口にすると、翠がいつになく真剣な表情で呟く。

 「どうだろう」と。


 彼は野庭や小菅ヶ谷たちと一緒に、運動部女子グループの話に黙って耳を傾けていた。

 共感する部分がいくつかあったのだろう、翠たち三人は揃って頷く場面が何度かあった。

 

 おそらく、彼女らが不審を抱いていることはクラス全体が感じていることに違いない、と哲矢は思う。

 同時にそれはタブー扱いもされている。


 一体皆が何を隠しているのか。

 哲矢は気になりつつも、その疑問はそっと胸の内に仕舞い込むのであった。

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