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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月7日(日)
45/421

第45話 ひとまずのバッドエンド

 ニュータウンを横断する都道沿いの歩道を歩きながら駅から少し離れると、辺りは途端に真っ暗となる。

 申し訳程度に街灯が設置されているだけだ。


 日曜日の夜ということもあるのだろうが道行く人の姿はほとんどない。

 昼間の閑静なニュータウンのイメージとまるで異なる光景が目の前に広がっていた。


 立ち並ぶ桜の木が風で揺れるたびに哲矢はドキッとしてしまう。

 団地やマンションが離れているせいか、住居からの生活音が聞こえないことも、哲矢に心細さを与える要因の一つとなっていた。


 ここが東京であるということを一瞬忘れてしまいそうになる。

 どうしてこの街がゴーストタウンと揶揄されるのか、その理由が分かったような気がした。 


「ふっーふふ~んっ♪」


 哲矢がおっかなびっくりになる一方で花はこの環境に慣れているのか、何でもなさそうに鼻歌交じりに歩みを進めていた。

 これではどちらが送り役なのかが分からなくなってしまう。


(せめてチキンな部分は気づかれないようにしないとな)


 そんな風に哲矢は平静を装いつつ、都道沿いの歩道を花と並んで歩いていると……。


(……ん?)


 遠くの方から微かにバイクの走る音が聞こえてくる。


 初めのうちは『この近くに大通りでもあるのか』程度に思っていた哲矢であったが、その音のボリュームが徐々に大きくなるに従って、次第に警戒心が芽生えてくる。


(まさか走り屋か?)


 哲矢の地元にはそういう種類の若者が存在する。

 夜に街中を爆音で走行し、虚栄心を満たしているような者たちだ。


 だから、こうした音には哲矢は慣れているつもりだった。

 けれど慣れない土地にいるせいか、どことなく居心地の悪さのようなものを感じてしまう。

 

 気づけば、ハミングしていた花は急に顔を強張らせ、不安そうに哲矢のカラーカーディガンの裾をぎゅっと握っていた。


 二人の足はその場でぴたっと止まってしまう。

 耳を澄ませばバイクの音は一段と大きく聞こえてきた。


(1台じゃないぞ……)


 耳に届くバイクの音量から、集団は近場の大通りを走っているのではなくこの都道を真っ直ぐに向かって来ているのではないか、と哲矢はとっさに推測する。

 この頃になると、哲矢はバイクの集団がまもなく自分たちの真横を通り過ぎるのだということを悟り始めていた。

 

(間違いない……このルートに乗ってる)


 そう思った瞬間。

 哲矢は弾かれたように花の手を引いていた。


「川崎さん、走ろうっ!」


 なぜそうしようと思ったのか、哲矢には分からなかった。

 けれど、どうしてだろうか。

 とてつもなく嫌な予感がして、そうしなければならないように思えたのだ。


「えっ? でも……」


 花は何か躊躇ったように自分の足元に目を向ける。

 すぐに哲矢は彼女が何を気にしているのかを理解した。


 底の厚い靴を彼女は履いていた。

 きっとこれでは上手く走れないだろう、と哲矢は思う。

 転倒する危険性もあった。

 

(どうする……?)


 静寂を破るように空ぶかしの爆音が夜のニュータウンに響き渡る。

 集団の進行速度はそこまで速いわけではなかったが、うだうだと迷っている暇もなかった。

 もうすぐそこまで迫ってきていたからだ。


 その走行は、こちらの位置が分かっていて向かって来ているのではないかと錯覚してしまうほど、一切の迷いが感じられなかった。

 このままだといずれ鉢合わせることとなる。

 

(どこかに身を隠せそうな場所はっ……)


 当然、都道と隣接した歩道にそのような場所は存在しない。

 身近なところで目に留まったのは、歩道の途中にある小さな憩いのスペースくらいであった。


(ちっ、あそこしかないか!)

 

 ほとんど走らずとも隠れられそうな場所はそこ以外になかった。

 哲矢は片方の指で合図を送ると、花の手を引いて小走りで憩いのスペースへと駆け込む。

  

 ブブブブブゥゥゥン~~!!

 ブブブブブゥゥゥンンンッッ~~~~!!!


 重なり合ったヘッドライトの輪がはっきりと見えてくる。

 バイクの集団は間近だ。

 その距離100メートルも離れていない。


「川崎さん! 奥にっ!」


「は、はいっ……!」


 先に花を木製テーブルの下に匿まわせると、体を押すような形で哲矢もその死角に隠れた。


 夜のニュータウンに轟く不気味な爆音に、哲矢も花も戦々恐々だ。

 仮にもし、このような騒音に日夜悩まされているとすれば、近隣の住民は堪らないことだろう、と哲矢は思う。


 年配者も多いこの街にとっては凶行と言っても過言ではない行為だ。

 拳をグッと握り締め、バイクの集団が通過するのを哲矢がその場で待っていると……。


 グュルルルルッッ!!

 グュルルルルルルッッッ~~!!


 少し手前の車道で集団のバイクが一斉に減速して停止するのが分かった。


 そのうちの1台がバイクの首を振ると、ヘッドライトの光が憩いのスペースに身を隠す哲矢たちの姿をはっきりと捉える。


(な、なんでッ!?)


 上手に隠れられていたとは思っていなかったが、まさか目を付けられるとは哲矢は考えもしていなかった。


 なぜ一斉にブレーキをかけたのか、その理由は不明だ。

 得体の知れない集団の予測不能な行動に哲矢は戦慄を覚える。  


「か、関内君っ……」


 事態が最悪の方向へ舵を取り始めたことに気づいたのか、花は怯えるように哲矢の腕に掴まってくる。

 ヘッドライトの光は依然として二人を照らし続けていた。


(……くっ! 一体なんなんだッ……)


 もうこうなってしまった以上は隠れ続ける意味はない。

 車の通りも滅多にないこの都道で助けを待つだけ時間の無駄と言えた。

 怯む姿を見せ続けても相手が喜ぶだけだ。


 哲矢は意を決すると、思い切って集団の前に飛び出していた。


「……お、俺たちに、なんか用かほぉっ!!」


 裏返る声と震える脚を必死で押さながら、哲矢は光の向こう側にいる者たちに対して虚勢を張る。

 花の悲鳴にも似た声が後方で上がるも、今の哲矢の耳にはまったく届いていなかった。


 目の前に現れたのはビッグスクーターに乗った集団だ。

 バイクの数は全部で4台。

 全員フルフェイスヘルメットを被り、黒のライダージャケットを着用している。


 真っ暗闇の中逆光なのも手伝ってその姿はよく見えなかったが、一人だけ小柄な者が含まれていることを哲矢は見逃さなかった。

 もしかすると女性かもしれないと、そんなことを哲矢が考えていると……。


「――いぃっ!?」

 

 先頭で跨っていた長身の者がビッグスクーターから車道に降り立ち、哲矢のいる歩道へゆったりとした足取りで迫ってくる。

 この時、哲矢の緊張は極限へと達していた。

 

(だ、ダメだっ……! 後ろには川崎さんもいるんだ、ここで怯んだらッ……)


 相手が鼻先まで迫って来るも、哲矢は苦し紛れのこけ威しをなんとか貫いた。


「…………」


 長身の者は、無言のままフルフェイスヘルメット越しに哲矢の顔を覗く。

 背丈は哲矢よりも15cmほど高い。

 男に間違いない、と瞬時に哲矢は思った。


 ライダージャケットの上からでもはっきりと分かる筋肉質の体つき。

 もしこの場で殴り合いの喧嘩となれば、哲矢に勝ち目がないのは明らかであった。

 逃げ出したくなる気持ちを必死で堪え、哲矢はフルフェイスヘルメットの奥に隠れた目を睨みつける。


(なんとか川崎さんだけでも守らないとっ……!!)

 

 この訳の分からない状況下で哲矢の心を支えていたのは、そのような強がりの使命感だけであった。

 本当にその一心だけで哲矢は目の前に立ちはだかる男と対峙していた。

 

「……ふっ……」


 フルフェイスヘルメット越しから籠った笑い声が小さく聞こえたかと思うと、相手はシールドをゆっくりと持ち上げ、逆光の中目を覗かせる。

 

 その時、哲矢は強烈な既視感を抱いた。

 どこかでこの鋭い目つきを見たような気がしたのだ。

 それもつい最近のこと。


 けれど、やはり哲矢がそれを思い出すことはなかった。


 男と目を合わせていたのはほんの数秒の出来ごとであったが、哲矢にとっては永遠に時間を引き延ばされたかと思うほどの居心地の悪い瞬間であった。


 やがて、相手は興味を失ったように顔を逸らすと、そのまま一言も発することなく停車させたビッグスクーターの元へと戻っていく。


 ブゥゥォォン、ヴゥォォン、ブゥゥゥォォンッッッ!!!


 集団は来た時と同じようにエンジンの空ぶかしを繰り返すと、マフラーから爆音を撒き散らしながら走り去っていくのであった。


 そんな光景を唖然とした表情で哲矢は見つめる。


(……っ、助かった、のか?)


 バイクの集団が夜の闇へと消えてしまうのを見届けると、ようやく二人の緊張は解けた。


「う、ぅぅっ……ひくっ……」


 危機を乗り越えてほっと安心したのだろう。

 花はテーブルの柱に凭れながら体を震わせて大粒の涙を浮かべていた。


 正直、哲矢としても泣きたい気分だった。

 一体自分は何をしているのかと。

 自身の存在が途端に曖昧なものに思えてくる。


 明かりもほとんどないニュータウンの一角で見上げた夜空には、とても綺麗な上弦の月がぷかりと浮かんでいた。


 こんな時、メイが傍にいたら叱ってくれただろうか。

 なぜか哲矢は彼女の無遠慮な罵りが無性に恋しくなるのであった。

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