第42話 真犯人は実在するのか
麻唯が入院している病院は、瓜生駅を降りてすぐ近くにあるということであった。
「瓜生駅って?」
「プラザ駅の一つ先の駅です。ここからバスで直接行けないこともないんですけど、今日は休日ダイヤなのでニュータウンを巡回しているバスの本数が少ないんですよね」
結局花の提案に従い、哲矢たちは宝野学園を出ると桜ヶ丘プラザ駅まで歩いて戻り、そこから電車で瓜生駅へ向かうことにした。
その間、哲矢は花に対して少年調査官についての詳細を伝えた。
少年調査官とは、少年犯罪の複雑化に伴い、大人では判断が難しい事件を同世代の若者たちに少年と同じ生活環境に身を置いてもらうことで何かヒントを得ようという制度に基づく職務であるということ。
現在その制度は世間には公表されておらず、秘密裏に試験導入されているということ。
その役目を負う者は、全国の同世代の少年少女の中から無作為に選ばれるということ。
これらすべてを哲矢は一気に彼女に話した。
「む、無作為だったんですかっ!?」
「俺も最初通知の封筒が家に届いた時は驚いたよ」
「すごいっ……」
花は目を丸くして仰天していた。
それがどれほどの確率か、とっさに頭の中で計算したのかもしれない。
ここで哲矢がメイや花と出会ったことはまさに奇跡と言える。
「それで、選ばれた少年調査官は調査報告書っていうレポートみたいなものを最後に提出することになっているんだ。程度は分からないけど、その報告書が少年の審判に影響を与えることになるんだと思う」
「じゃあ、そこに将人君の無実を訴えて書けば……」
「ああ。不処分となって将人が釈放されることも十分にあり得るはず」
「そうだったんですね!」
花は表情を一変させ、手を叩いて喜びを表す。
将人を釈放させる具体的な道筋が分かって嬉しかったのだろう。
哲矢も自分で口にしながらその可能性を噛み締めていた。
けれど――。
その一方で疑問に感じている自分も存在した。
そんな簡単な話なのだろうか、と哲矢は改めて考える。
警察も検察も、将人は有罪であると考えている。
本人ですらそれを認めてしまっているのだ。
こちらがいくら将人は冤罪で捕まったのだと主張しても、証拠を示さない限り裁判官は取り合ってくれないはずである。
やはり、何よりも証拠が必要なのだ。
(犯人が別に存在するっていう証拠……)
それを見つけることが最も確実な方法である。
だが、それも真犯人がいるという前提の話ではあるのだが……。
ひと通り話し終えると、哲矢は周りを気にしながら花に釘を刺した。
「分かっていると思うけど、ここまで話した内容は他の誰にも話さないでほしいんだ。もちろん親とか兄妹にも」
「はい。分かってます」
一瞬、美羽子の怒った顔が哲矢の脳裏に浮かんだ。
洋助の失望する表情も頭に過る。
花に話した内容は他者に話してはならないという決まりになっている。
それを破り一線を踏み越えてしまった今、哲矢は板挟みの罪悪感に苛まれていた。
救いを求めるように哲矢は並んで歩くメイを覗き見る。
彼女は近くの自販機で購入したモナカのアイスを頬張りながら、この間ずっと黙ったままであった。
(なんだよ。急に黙りやがって……)
気を遣って口を挟まないようにしてくれているのかもしれなかったが、こんな時こそメイの憎まれ口が聞きたい哲矢であった。
そうこうして歩いているうちに三人は桜ヶ丘プラザ駅前のデッキへと到着した。
改札を抜けてちょうどやって来た電車に乗る。
一駅先の瓜生駅までは所要時間2、3分とのこと。
桜ヶ丘ニュータウンは全部で六つの区画に分かれている。
瓜生駅周辺のエリアは第六区画と呼ばれ、桜ヶ丘ニュータウンの中でも新興の区画だ。
比較的新しく建てられたマンションや家などが点在している。
「実は私が暮らすマンションがあるのもこの辺りなんです」
瓜生駅に降り立つと花はそう口にした。
「へぇ、そうだったのか。じゃ毎朝この駅を使ってるんだな」
「はい。ここから電車でプラザ駅まで出てバスで学園へ向かってます」
それが分かると、この初めて降り立つ駅もどことなく親近感を覚えるから不思議であった。
瓜生駅は二つの鉄道会社の相互乗換駅としての役割があるようで、桜ヶ丘プラザ駅ほど駅前の規模は大きくなかったが、それでも地方出身の哲矢にとってはとても大きな駅として目に映った。
駅の南口には地元民のためのこじんまりとしたショッピングモールがあり、入口のファーストフード店は多くの人たちで賑わっていた。
「ここからその階段をちょっと上がって進むと、公民館とか図書館とかが併設された複合文化施設があるんです。そこに入ってる喫茶店がお気に入りでよく行くんですよ」
そう口にする花の表情はどこか誇らしげだ。
桜ヶ丘プラザ駅にいた時よりも生き生きとして見える。
地方からこのニュータウンへ一人で引っ越してきたということだったが、すでに地域と馴染んでいるように哲矢には見えた。
「ここもいいところね。ごちゃごちゃしてないし、ほどほど緑もあるし。穏やかに暮らせそう」
久しぶりに口を開いたかと思えばメイがそんなことを言う。
彼女もまたこのニュータウンの環境に徐々に馴染んできているのかもしれない。
「そうなんです。高島さんも滞在期間が終わったら、ぜひ一度ここで生活してみてください。本当に住みやすいところですから」
花は半分冗談のつもりでそう言ったのだろうが、意外にもメイはその提案を暫しの間真剣に考える素振りを見せた後、やがて静かにこう返答した。
「それも悪くないかもね」
どうしてだろうか。
その言葉にまだ知らないメイの一面が隠されているように哲矢には感じられるのだった。




