第413話 ラストレター-22
関内君が追って来た。
そう直感した私は密かに身構えました。
あの凶暴な力で暴れ回るあなたに対して、唯一対抗できたのが関内君です。
その勇敢さは折り紙つきです。
もし隠れていることがバレてしまったら、なぜこんな場所にいるのかと無理やりにでも問い質されるに違いない。
ほとんど妄想に近い状態でしたが、関内君の登場は想像以上に私にプレッシャーを与えていました。
そして、その緊張は彼が振り回し続けていた懐中電灯の光がパッと消えた瞬間に絶頂へと達します。
「気づかれた!」と、内心私はパニックでした。
明らかに電池が切れてしまったという消え方ではありませんでした。
意図を持って消したのだということが私には分かってしまったのです。
そこから先の時間は……。
正直、まったく生きた心地のしないものでした。
ただ、当然、関内君としてもこちらの存在は恐怖だったに違いありません。
深夜0時を回ろうかという時間に、しかも激しく雨が降り続ける中、傘もささずに高台の隅でぽつんと突っ立っていたのです。
警戒心を抱くなというのが無理な話です。
その後、暫しの間は互いが相手の出方を窺うように、私たちは牽制し合った沈黙を守り続けました。
やがて――。
激しく降り続ける雨音に混じって土を掘り返すような音が微かに聞こえ始めると、私は観念することにしました。
あなたが現場の周辺に到着し、作業を始めたことが分かったからです。
これから長い夜となる。
なんとなく私はそう感じておりました。
あなたにとっては4年ぶりに訪れた場所です。
当時、興奮状態の中で凶行に及んだあなたが現場の正確な位置を把握しているとは私には思えませんでした。
これから周辺をしらみ潰しに掘り返す必要があることだろうと私は考えておりました。
そのためにはやはり人手が不可欠です。
警戒心を与えて関内君をその場に留まらせることは、誰にとっても意味のない行為でした。
私はフード越しから彼を一瞥すると、倉庫裏から忠生市方面へと下りることができる高台に設置されたもう一つの階段を駆け足で下っていくのでした。
彼が追いかけてこないことは後ろを振り返らずとも分かっていました。
関内君の目的は私ではありません。
あなたを追いかけて高台までやって来たのです。
どのような経緯があってあのような状況になったのかは分かりませんが、わざわざ土砂降りの雨の中あなたを追いかけて行くほどの強い意思がある限り、彼は必ずあなたの行方を探すはずだ、と私は確信していました。
私には私のすべきことを。
そんな思いで私は公園の敷地から出ていました。
もう猶予がほとんど残されていないことは分かっておりました。
忠生市側の入口から豊ヶ丘の森を後にすると、私は近場に停車していたタクシーに怪訝な顔をされるのもお構いなしに乗り込んで、すぐに瓜生病院へ向かうように伝えました。
不思議なことに緊急搬送口から院内へと足を踏み入れる頃には、雨脚は急速に弱まっておりました。
この分だとすぐに雨は止んでしまうかもしれない。
そんなことを考えながら麻唯の病室までこっそりと戻った私は、キャビネットにメモ書き用にと仕舞ってあったルーズリーフの束を取り出すと、びしょ濡れとなった全身を気にすることなく、この手紙を一心不乱に書き始めたのです。
これが私の身に起こった顛末のすべてなのです。
―――――――――――
カーテンの隙間からは初夏を感じさせる眩しい光が差し込んでいます。
只今の時刻は7時を少し過ぎたところです。
そろそろ警察へ出頭しなければなりません。
もうすでにあなたは私が置いたショルダーバッグを見つけていることでしょう。
この病室へ現れるのも時間の問題だと思います。
やがて、あなたはこの手紙を取り――。
いえ、もうこんな卑怯な書き方は止めにします。
将人。
ここまで読めば、あなたもすべて理解できたことだと思います。
きっと、納得できないことや怒りに震えることも多々あったことでしょう。
本当に申し訳ありません。
ですが……誠に勝手ではありますが、私は少しだけ心が軽くなったように感じております。
手紙の冒頭に「私はあなたにすべてを伝える義務がある」と書きましたね。
それを全うすることができたと、私は今達成感にも似た感情を抱いているのです。
本来なら直接お会いしてすべてを伝えるべきだったのでしょうが、私にはその自信がありませんでした。
あなたを目の前にして真実を最後まで語れる勇気がなかったのです。
本当にこんな母親で申し訳なく思っています。
読んでいただいて分かる通り、すべての元凶は私の身勝手な行動にあるのです。
あなたや麻唯をはじめ、吾平さんも大きく巻き込んでしまいました。
これから警察へ自首しに行くことは、犯してきた数々の罪への償いでもあると、私は考えております。
もう私の人生に悔いはありません。
これまで私は十分に好きなように生きて参りました。
将人と麻唯。
大切な二人の子を授かって私は本当に幸せでした。
あなたたちのことを心の底から愛しております。
もし、私の身勝手な最後の願いが届くのなら……。
どうか麻唯を支えていただけないでしょうか。
わずかではありますが、私の全財産は麻唯の銀行口座にすべて移しておきました。
麻唯が宝野学園を卒業するまでの生活費やこの病院の入院費はそこからまかなうことができるはずです。
実は、先ほど義姉夫婦にも私からあなたのことをよろしくお願いしますと電話で伝えておきました。
当面、お金の心配はしなくて済むはずです。
先ほどはあんな酷いことを書いてしまいましたが、倫子さんも根はいい人だって私は信じてます。
だって、吾平さんのお姉さんなのですから。
謙哉さんも信頼できる人です。
だから、なにか困ったことがあったら彼女たちを頼ってください。
きっと、最後は力になってくれるはずですから。
将人。
いつまでも麻唯の傍にいてあげてください。
あなたたちは世界でたった一人の兄妹なのです。
そして、できることなら、この子が目を覚ます時は一緒にいてほしいのです。
あなたにとってそうであるように、麻唯にとってもあなたの存在は、誰よりも大切なものであるのだから。
将人。
18歳おめでとう。
成人おめでとう。
これまでなにもしてあげられなくてごめんなさい。
今まで辛い思いをさせてきてしまって、本当に申し訳ありません。
こんな母親でごめんね。
これからは二人で幸せになってください。
いつまでも仲良くいてください。
それだけが私の望みです。
母より
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