第411話 ラストレター-20
関内君たちと一緒に病室へと戻って来たあなたの瞳には、ある種の輝きが宿っていました。
その愚直なほどに真っ直ぐな眼差しには見覚えがありました。
私に対して「母親ではないか」と訊ねてきたあの日のあなたがそこにいたのです。
再会できた喜びが込み上げてくる一方で、不安もまた加速的に広がっていきました。
深々と頭を垂れるあなたの姿を目に収めながら、私はこの後の動きについて考えを巡らせ始めました。
あなたがあの公園に行って木箱を掘り返すことについては懸念はありませんでした。
だって、その中には4年前からなにも入っていないのですから。
夫の死体はもう今さら見つかることはないでしょう。
もはや、海の藻屑となっているはずです。
証拠と呼べるものはただ一つ。
麻唯に気づかれないように屋外トランクルームにクーラーボックスに入れて冷凍保存している夫の2本の奥歯です。
これがあれば、DNA鑑定から夫のものであることが証明されるはずです。
あとは私が警察に自首してすべてを話せばそれで終わり……。
ただ、だからと言って、その場で真実を話してあなたを引き止めるわけにはいきませんでした。
誰よりも家族想いのあなたのことです。
実は私が夫を殺していて、これから証拠を持って警察へ自首しに行くなんてことを口にすれば、絶対に引き留めたはずです。
むしろ、そんな私の言葉も信じずに「自分が罪を背負う」と強引に言い出しかねない雰囲気があなたにはありました。
私は、四人揃って病室から出て行ってしまうあなたたちの背中を目で追いながら、どうにかしてあなたを思い留まらせる方法を考え始めました。
間接的に私が関わっているということを知らせる必要があったのです。
しばらくの間、どうするべきか私はこの病室にそのまま残って思案していました。
すると、ひょんなことでキャビネットの方に目が移って……私はハッとあることを思い出しました。
この4年間、麻唯に渡せないままでいたあなたから受け取った誕生日プレゼントがその中に入れられていたのです。
麻唯がこのような状態になってしまってから、私はなぜか、今まで渡せなかったそれを病室の中へと持ち込んでいました。
目を覚ましたら、今度こそそれを渡そうと考えていたのかもしれません。
いや。
本当はもっと別の意味がありました。
バッグがこの子の目を覚ますきっかけとなるかもしれないって思ったのです。
だって、あれはあなたから麻唯へ宛てた大切なプレゼントだったから。
奇跡が起こるんじゃないかって、そう本気で思ったんです。
ですが……。
結局、私が期待していたようなことは起こりませんでした。
よくよく考えれば分かったはずです。
そんなものは絵空ごとに過ぎないんだって。
けれど、今度私が思いついたそれは、決して絵空ごとなんかではありませんでした。
バッグがしっかりとした役割を果たす見通しがあったのです。
私はこう考えました。
あなたが見つけるよりも先に木箱の中にバッグを入れておけば、きっとあなたは私が夫の死体を動かしたと考えるはずだって。
その揺るぎない事実を目にした後にあなたが取る行動は一つしかないでしょう。
この病室を再び訪れることです。
真相を確かめるために絶対私の元へやって来る。
もちろん、直接すべてをお話すことも考えましたが、やはりあなたに強引に止められる危険がありました。
その点、手紙を置いておくだけならその心配はありません。
今、あなたが手に取っているこれは、そういう経緯があって書かれたものなのです。
けれども、これを実行するためにはあなたたちよりも先に豊ヶ丘の森へ到着し、土を掘り返す必要がありました。
見通しは確かについている。
でも、この計画が現実的かと言われると、確信をもって頷くことが私にはできませんでした。
ほとんど一か八かという状況の中で、私はこの後に降り始めると予報されていた大雨に備え、ショルダーバッグをポリ袋の中に入れると、レインコートを持って急いで病室を飛び出しました。
病院の外に出ると当然ではありますが、あなたたちの姿はすでにどこにも見当たりませんでした。
間に合うのかと不安になる一方で、廊下でこっそりと耳にした「場所はよく覚えてない」「イメージでしか思い出せない」というあなたの言葉が私に勇気を与えました。
おそらく、人格障害の影響で記憶があやふやな状態となってしまっていたのではないでしょうか?
それが本当なら、目的地を探し出すのにはいくらか時間がかかると私は読みました。
私は瓜生病院の下で通りかかったタクシーに乗り込むと、豊ヶ丘の森まで向かうように運転手へ伝えました。
徒歩では30分以上かかる道のりも、車なら5分ほどで到着可能です。
時間短縮にはもってこいの移動手段と言えました。
私はすぐに目的地へ到着することができました。
タクシーを公園近くの幹線道路沿いに停車させて降りると、そのまま近くの階段を駆け登り、豊ヶ丘の森へと私は足を踏み入れます。
周囲には街灯はほとんどなく、夜も遅いためか暗くしんと静まり返っていて、女性一人で入るのには勇気がいる場所でしたが、黒色のレインコートを羽織っていたので遠目からは男女の区別がつかないように思えました。
それに、豊ヶ丘の森は何度も訪れたことのある場所です。
先ほども書いた通り、私は定期的に現場へと足を運んで木箱が掘り返されていないかを確認しておりました。
極端な言い方をすれば、目を瞑っていても迷わず歩くことができたのです。
とはいえ、忠生市と隣接した豊ヶ丘の森の規模は大きく、寄り道などしている余裕はありませんでした。
私はしっかりとバッグを小脇に抱え込みながら、小山にかかる階段を駆け登り始めました。




