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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
二つの手紙編 4月14日(日)
408/421

第408話 ラストレター-17

 翌日、驚くべきことに大貴君の逮捕は全国的なニュースとして報道されました。

 私もネットでその後の彼の動向を知ったくらいなのです。


 どうやら大貴君はすぐに練馬にある特別少年鑑別局へと収容されたようでした。

 当然、実名で報道されたわけではありません。

 あくまでも大貴君の逮捕は付随の報道だったのです。


 問題の中心は、彼の父親でもある桜ヶ丘市の市長――橋本了汰さんにありました。


 理由は分かりませんが、立会演説会の現場に市長は足を運んでいたようです。

 そこで起こったいざこざをたまたま居合わせたマスコミの記者が目撃することとなり、学園の歪んだ現状を告発するという形で、その報道は全国的なニュースへと発展していったようでした。


 衰退する桜ヶ丘ニュータウン、宝野学園の歪な体質、市長の傍若無人さ、その息子である大貴君の逮捕……。


 マスコミにとっては格好のネタだったのだと思います。

 元々、桜ヶ丘市の実態については小さいながらも常にネットやSNSで話題となっていました。


 街全体がゴーストタウンと化しているとか、高齢化の歯止めが利かないとか、そういったイメージの上での桜ヶ丘市についての情報が真偽不明のまま拡散されたりしていたのです。


 高度経済成長期の遺産にしがみついているように見える桜ヶ丘ニュータウンは、周りから見れば時代に取り残された街のように映っているに違いありません。


 もちろん、私はもうかれこれ17年近くこのニュータウンで暮らしてきたので、それが誤った認識であることは十分に理解しています。

 ゴーストタウンと化した区画は確かに存在しますがそれはほんの一部に過ぎませんし、今でも若い家族は転入し続けています。


 結局、世間はイメージだけで分かったつもりになっていて、本当に目を向けなければならない箇所には気づいていません。

 



 私がこの街の問題点を挙げるとすれば、それは一つしかないです。

 それは、同郷意識が強過ぎるゆえに外部の者に対して異常なまでに排他的であるという点です。


 私にはこの街で生まれ育った人々ほど土地の考えに染まり切っていないという自覚があります。

 だから、ある程度客観的に物ごとを観測することができました。


 子供たちの世界ほどそれは顕著です。

 先ほども書いた通り、宝野学園こそがその最たる象徴だったのです。


 教師が過剰な同郷意識を植えつけて生徒らをコントロールしていたという事実。

 そして、その場で起こったセンセーショナルな事件。


 もちろん、実際に立会演説会の場でなにが起こったのかを私は詳しくは知りません。

 ですが、ネットの情報からそこで一人の少年が宝野学園や桜ヶ丘市の現状について問題提起したことを私は知りました。


 マスコミはその者の名前は伏せていましたが、私はそれが関内君であるとすぐに分かりました。

 「春から宝野学園高等部に転入してきた少年」というのは、彼以外にいないと分かったからです。


 なぜその場にマスコミがいたのかという疑問は置いておいて、そんなおいしいネタを彼らが見逃すはずがありません。

 当然、横暴に言動を繰り返す市長の姿も目についたことでしょう。


 都心から電車でたった30分ほどのこの街で、そのような前時代的な習慣が色濃く残っていると分かればどうでしょうか?

 たとえ、マスコミでなくともその事実を誰かに話してしまいたくなるのではないでしょうか?


 それが人間の心理というものです。

 だからこそ、あれほどまでに全国的なニュースとして広まってしまったのでしょう。




 ここ数日のテレビのワイドショーは、閉鎖的な桜ヶ丘市と宝野学園の腐敗した癒着関係を切り口に、市長やその息子である大貴君のことが話題となっております。

 どの番組をつけても、世間を扇動するような言葉を口にする無責任な大人ばかりで、正直観られたものではありません。


 気持ちが悪いというのが私の率直な感想です。


 べつに市や市長に対して同情しているわけではないんです。

 大貴君にしてもそう。


 本当に麻唯を教室の窓から突き落としてあなたに罪を被せようとしていたのなら、母親の立場としてそのような報いは受けて当然だと思いますし、許せないという気持ちです。


 ですが……。

 どうしてもそれが真実だとは思えないのです。


 こうして大貴君が晒し者のような形となってしまった現状には恐怖すら感じています。


 なにか誤った方向に事態が進行している。

 そして、それは個人の力だけではどうすることもできない。


 そのような無力さを私は今感じているのです。











―――――――――――











 大分、長い間こと集中して手紙を書き続けてしまいました。

 もう5、6時間はこうしているかもしれません。


 深夜帯まで勢いよく降り続いていた大雨は嘘のように止んで、カーテンの隙間からは眩しい光が差し込んでます。

 鳥たちの騒めきに混じって電車が鉄道橋を通過する音も聞こえ始めています。


 初夏の訪れを感じる爽やかな早朝です。


 今、私の目の前には規則正しい寝息を立てる麻唯の姿があって、いつもの日曜日と変わらない朝の風景……となるはずでした。


 昨日の夜、あなたたちがこの病室を訪れにやって来なければ……。

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