第402話 ラストレター-11
あなたが福岡へ引っ越したことが分かると、麻唯はとてもショックを受けていました。
なにも言われずに去られてしまったことがなによりも堪えたのだと思います。
あの誕生日プレゼントを渡していれば、その気持ちも少しは和らいだことと思いますが。
すでにあなたは気づいていることでしょう。
なぜか、私はそれを麻唯へと渡すことができませんでした。
それを渡してしまうと、あなたの存在が私の中から完全に消えてしまいそうで怖かったのです。
本当にごめんなさい……。
あなたの心象を傷つけたことはおろか、麻唯までもそのことで深く不安にさせてしまいました。
二人にはいくら謝っても謝り足りないって自覚してます。
すべては私の自分勝手な行動によるものなのです。
また、夫が突然姿を消したことに対しても、麻唯はしばらくの間混乱していました。
予兆は一切なかったため、当然と言えば当然の反応でしょう。
ですが、私は真実を隠すために後づけで、あたかも予兆があったかのように話を作ることにしました。
先ほども書いた通り、夫の会社での業績は年々悪くなり、本人にとっても満足のいくものではありませんでした。
ふと、酒に酔った勢いで夫がこんなことを漏らしていたことを覚えております。
自分の業績を上げるために売上を過大に計上して虚偽の報告をしたことがある。
そうまでしてお前たちを養っているのだから感謝しろ、って。
私が身内だからなのか、つい警戒を怠ってそんな言葉を口にしてしまったのでしょう。
そのことを利用できると私は密かに思っておりました。
つまり、それが原因で夫は姿を消したと、そういう筋書きにすることが可能なのではないかと私は考えたのです。
夫を殺そうとしていたのは、なにもあなたたちに限ったことではありません。
私もいつか夫を殺さなければと、密に殺害計画を空想していたのです。
もし、あの時……。
あなたが夫を襲っていなければ、いずれ私がそれを実践していたことでしょう。
すべては時間の問題だったと言えます。
実際に夫を殺害することになって、私は真っ先にそのことを思い出しました。
行方不明者届を警察へ出すと同時に、私は警察にさりげなく夫がそんなことを漏らしていたと口にしました。
その後、警察の調べによって会社側はその事実が確認できたようです。
またそれにより、顧客の代金を不正に着服していたという夫に対する新たな疑惑も生じました。
これらのことによって警察は、夫は度重なる不正がバレるのを恐れて姿をくらませたと結論づけたようでした。
その話が確定してしまうと、麻唯も夫が突然姿を消したという事実を徐々に受け入れていきました。
家庭内で度重なる暴力があったことは警察も把握していましたが、それが原因で私が夫を殺害したという風には彼らは考えていないようでした。
結果的に私は疑われることもなく、夫の失踪は時間とともに風化して忘れ去られていきました。
ここまでして夫殺害の事実を隠蔽したのには理由があります。
この時、私はまだ、捕まるわけにはいかなかったのです。
それは……麻唯のためでした。
あの時、あなたが警察へ自首をすることなく福岡へと引っ越してしまった理由を私は知りません。
完全犯罪を目論んでいたということはあなたの性格から考えてもあり得ない、と私は思っておりました。
大貴君にしてもそれは同じで、まるであなたと事前に話を決めていたと言わんばかりに、事実を口にするような素振りを見せることは一度もありませんでした。
責任感の強いあなたのことです。
きっと、いつかは警察へ自首をするに違いない。
今はどうしても行けない理由があるのだ、と。
私はそう考えていました。
それと同様に、私にもすぐに警察へ自白できない理由があったのです。
私にとってそれが麻唯の存在でした。
突然、あなたが傍からいなくなり、私も夫を殺した容疑で警察に捕まったとすれば、麻唯はどう思うだろうか、と。
それを考えると、私にはその選択を選ぶことができませんでした。
また、あの頃の麻唯には支えが必要でした。
もちろん、近くには大貴君がいましたが、彼にあなたの代わりを押しつけるのは酷です。
大貴君本人もそのことが分かっていたようです。
それほど、麻唯の中ではあなたの存在は大きかったのです。
やはり、自分がしばらくの間はこの子を傍で支える必要があると、私はそう思いました。
あなたがいなくなってしまった以上、以前よりもさらに私が麻唯の傍にいなければなりませんでした。
せめてこの子が成人するまで、もしくは、あなたや大貴君が自首する前までは……。
殺人の事実は心の奥底に深く留め、私は麻唯の傍に居続けることを決意したのです。
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それから幾つかの月日が流れ過ぎました。
大貴君は毎日のように麻唯の見舞いに来てくれて、私も仕事の合間を縫っては病室を訪ねました。
そうこうしているうちに麻唯の状態も自然とよくなっていって、次第に学園へ通えるようにもなりました。
嬉しいことに学園ではクラスメイトの子たちのサポートもあったようです。
そのお陰もあってか。
麻唯はあなたが引っ越してしまったことに対しても、徐々に心の整理をつけられていくようでした。
生きてさえいればまたどこかで会えるって、そう納得したのかもしれません。
そうして中等部を卒業する頃には、麻唯はすっかり元の元気な姿へと戻っておりました。
ですが……。
高等部に上がってしばらくすると、大貴君は人が変わったように麻唯や私のところへは近寄らなくなってしまいました。
詳しい原因は分かりません。
彼が単独で自首しに行くようなこともなく、私が犯した罪も見抜かれている様子はありませんでした。
おそらく、お父さんが桜ヶ丘市の市長に当選したことが少なからず影響したのだと思います。
取り巻く環境ががらりと変わってしまったのでしょう。
学園でも不良の子たちとつるむようになってしまったみたいで、麻唯とは疎遠になっていくようでした。
なんとなく、私は大貴君に昔の自分を重ねてしまいました。
彼のお父さんが家にいる時間が自然と少なくなっていったことは容易に想像ができます。
私もそうだったから分かるのです。
そんな些細なことでも、子供にとっては寂しいものだから……。
だからこそ、私はなるべく麻唯の傍にいられるようにと考えるようになりました。
長い間、守ることができなかったという点においては母親失格の私ですが、それでも近くにいることだけは諦めませんでした。
……こんなこと書かれても、きっとあなたは納得できないことでしょう。
麻唯ばかり優先されて腹を立てているかもしれません。
何度、謝罪の言葉をここに書き連ねたところで意味はありませんよね。
だから、私は行動で償うことにしました。
まだ手紙は続きます。
最後まで読んでください。
今、私にできることはこれしかないのですから。




