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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
二つの手紙編 4月14日(日)
400/421

第400話 ラストレター-9

 ――それから。



 

 どれくらいそうしていたでしょうか。

 時間の概念はとうの昔に消え去っていました。

 

 私は目を真っ赤に腫らしながら、焦点の定まらない眼差しで闇の一点をただ見つめていました。

 

 春の訪れを感じるには少し遠い時期のことです。

 夜は冷え切っていて当然でしたが、私はほとんど寒さを感じることはありませんでした。


 それだけ取り返しのつかない出来ごとが起こってしまったことに、私の頭は一杯一杯となっていたのです。




 現実感が戻ってきたのは、それからかなり経ってからのことでした。


 土砂降りだった雨はその勢いを弱め、ぽつりぽつりと辺りに静かな雨粒を落としていました。

 そこで私は、あなたを止めなければ……と、とっさに強く思いました。


 冷静に考えれば、状況は絶望的であることは明白でしたが、その時の私はどこか蝶番が外れてしまったように、まともに思考することができなくなっていました。


 体をパッと起き上がらせると、髪も服も靴も泥まみれのぐちゃぐちゃの状態でした。

 それでも、私はあなたたちが降りていった雑木林の方へと駆け出していました。


 夢であってほしいという子供染みた願望が私を駆り立てたのかもしれません。


 しばらく斜面を下り進めていくと、木々の間に動く人影があることに私は気づきました。

 慎重に近づいて、私は木々の隙間からその方に目を向けました。


 そこでハッと息を呑み込みます。


 そこには二つの人影があったのです。


 最初は、あなたと夫がまだ対峙を続けているのかと思いゾッとしましたが、二つの人影の輪郭がほとんど同じであることに気づくと、すぐにそうではないことを私は悟りました。

 

 その人影があなたと大貴君であることが分かるまでそう時間はかかりませんでした。



 

 なぜ、大貴君がこの場にいるのかという疑問を抱えながら、私はあなたたちの様子を闇の中から目を凝らして観察することにしました。


 どうやらあなたたち二人は土を埋めていたようで、私が覗いたのはそれがちょうど終わったタイミングのようでした。


 夫を埋めていたのだ、と私はすぐに直感しました。

 腹の底から苦々しい吐き気が込み上げてくるのを必死で抑え、私はそのままあなたたちの姿を目で追いました。


 その後、数分もしないうちに、あなたと大貴君はお互いに肩を支え合いながら、雑木林の斜面を下っていくようでした。

 その様子からこれまでどれほど壮絶な出来ごとが繰り広げられていたのかということを私は悟ります。


 命の駆け引きの残り香とでも呼ぶべき空気がそこには鬱蒼と立ち込めていました。




 しばらく時間を置いてあなたたちが戻ってこないことを確認すると、私は現場へ恐る恐る足を踏み進めました。

 どうしても確かめずにはいられなかったのです。


 埋められた場所はすぐに分かりました。

 そこだけ微かに土が盛り上がっていたのです。


 まだ埋められたばかりだったということと雨が降り続けてくれていたお陰で、土は女の私でも手を入れたら簡単に掘ることができました。


 気づけば、私はその場にしゃがみ込んで夢中で土を掘り返していました。


 なぜ、そのような行動を取ってしまったのか。

 今でもよく分からないのです。


 ただ、その時の焦燥感のようなものははっきりと覚えております。




 それから一二時間はそうしていたかもしれません。

 その頃には、雨も完全に上がっていて、辺りは徐々に白みを増し始めていました。


 ふと、集中力が切れるのが分かりました。

 下層へ掘り進めていくうちに土は徐々に固くなり、私の指は痛みで悲鳴を上げていたのです。


 腕に疲労感を覚え、さすがにこれ以上は道具なしで掘っていくことは無謀なように思えました。


 私は一度休憩するために穴から抜け出すと、かき出した土の山に凭れるようにして倒れました。

 もう全身泥だらけの状態でしたので、その場に身を預けることには、もはや抵抗を感じなくなっていました。


 そこから徐々に明るくなり始めた空を見上げていると、私は一体なにをしようとしているのだろうかという疑問が沸き起こってくるのが分かりました。


 こんなことしてなんの意味があるのだろうか、と。

 夫がこのような状態で生きているはずがありませんでした。


 もしかすると、私はその確信を得たかっただけなのかもしれません。

 この世から完全に夫の命が消えて無くなったという確信が。


 ですが――。

 そのような私の望みは打ち砕かれることになります。


 そこで私は……またも信じられない光景を目の当たりにするのでした。

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