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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月7日(日)
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第40話 証明終了

 閑話休題。

 どうしても余計なおふざけをしてしまうらしい。

 哲矢は場を仕切り直すことにした。


 手を叩き、改めて話を本題へと戻す。


「というわけで、三人で生田将人の事件を追うことをここに宣言したいと思う」


「おぉぉっ~~!」


 笑顔で拍手を送っているのは花だけだ。

 メイは神妙そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

 何か言いたそうな表情をしていた。


「なんだよメイ。なにか不満でもあるのか?」


「……さっき、あんた言ったわよね? 今もマサトが無実かどうかは確信が持てないって」


「言ったけど……」


「別に責めてるわけじゃないのよ。ぶっちゃけ、それについては私も同意見。あの男が無実かどうかは正直疑問だし。私が訊きたいのはテツヤがどういうスタンスで事件を追おうとしているかってことで」


「スタンス?」


「その答えによっては今後の行動も変わってくるわ」


 鋭いメイの言葉で周りの緊張感が一気に高まる。

 今しがたの打ち解け合いが嘘のように場はしんとして凍りついてしまった。


 もちろん、哲矢にはメイが何を言おうとしているのかは理解できていた。

 将人のことを有罪と考えて事件を追うのか、無罪と考えて事件を追うのか、彼女は今それを問うているのだ。


(……なんだ? 俺は事件をもう一度追って報告書が書ければそれで満足なのか? 結果はどっちでも構わないのか?)


 どう答えるべきか。

 そんな風に哲矢が返答に迷っていると、華奢な白い手がスッとその場に挙がる。


「……私は、将人君は冤罪で捕まったんだって思っています」


 その言葉には有無を言わせない圧のようなものがあった。


「ハナ。悪いけど今はテツヤの……」


 メイがそう遮ろうとするも、花はさらに声を大きく上げながら哲矢に詰め寄っていく。


「関内君、昨日言いましたよね? 将人君はあんなことをするような人じゃ絶対にないって……。彼は無実です」


 当然、このような展開となることは哲矢には分かっていたはずであった。

 花の主張は一時たりともブレていない。

 将人は無実であると、初めからそう言っているのだ。


 それが分かっていて彼女の手を借りることにしたのではないか、と哲矢は自身に問いかける。


(分かっている。分かっているけど……)


 脳裏に浮かぶ鑑別局で見た将人の実像が哲矢の判断を鈍らせてしまっていた。

 

 生気を失った顔つき。

 何を考えているのか分からない得体の知れぬ雰囲気。

 時に狂気を感じさせる仕草や言動。

 

 ダメだ……と、哲矢は思う。


 その理由が知りたかった。

 彼が犯人ではないという確固たる理由が。 


 昨日は聞きそびれてしまった核心を突くその問いを哲矢はいつの間にか口にしていた。


「……川崎さん。一つだけ訊かせてくれ。生田将人が冤罪で捕まったってそう主張する根拠はなんだ?」


「根拠……ですか?」


「ああ。なんの根拠もなく彼を信じることはできないよ。それは俺だけじゃなくメイも同じなはずだ」

 

 哲矢がそう口にするとメイも腕を組んだまま黙って頷く。

 納得できる理由がほしかった。

 信じるに足る拠りどころを手に入れたかった。


 だが……。

 花の口から零れるのはどこか釈然としない言い訳じみた答えであった。


「それは……将人君は私のお友達だからで……」


 またか、と哲矢は思った。

 また【友達】だ。

 今日は随分とこの言葉を聞くような気がした。


「私も将人君のことを100パーセント理解しているわけではありません。たまに彼がなにを考えているのか分からなくなる時もありました。でも……、それでも将人君は大切なお友達なんです。だから、私は彼を信じています。絶対にあんなことはやっていないって。……これじゃダメですか?」


 真っ直ぐにぶつけてくる花の真摯なその返答を耳にして、哲矢は先ほどメイが口にしていた『無条件に相手を受け入れる気持ち』という彼女を表す言葉を思い出していた。


 それがあったから信頼できる、とメイは言った。

 だから【友達】なのだ、と。


 哲矢には分からなかった。

 メイが口にするその言葉の意味が。

 もう長いこと一人で過ごすことに慣れてしまっていたから。


 【友達】という言葉を聞くたびに哲矢の古傷は痛んだ。


「……ふふっ。やっぱりハナね」


 花のその返答に対して先に反応したのはメイであった。

 メイは何がおかしいのか、からからと笑いながら続ける。


「疑っていた私たちがバカみたいじゃない。友達だから無実だって信じている……。気に入ったわ。その考え方」


「私もマサトは無実だって信じる。だってハナは私の友達だから。ハナがマサトのことを信じているのなら……私もハナが信じるマサトのことを信じてみることにする」


 ごく当たり前のことのようにメイはそう言い放つ。

 それはこれまでの迷いをすべて打ち消すくらいにとてもシンプルな解答であった。


(友達だから無実だって信じている……?)


 その言葉を聞いて哲矢は思う。

 このタイミングでないと訊けないような気がしたのだ。

 勇気を振り絞ると、哲矢はその問いを花にぶつけていた。


「あ、あのさ……。それじゃ俺はどうなんだ? 俺もその……友達なのか?」


「なに言ってるんですか。もちろん決まってますよ。関内君も大切なお友達です」


「えっ……」


「だから信じてます。将人君の無実を必ず証明してくれるって」


「……っッ……」 


 Q.E.D.

 彼女のその言葉が哲矢の長い葛藤に終止符を打つこととなった。

 

 哲矢はこれまで『自分には友達を作る資格がない』と考えて生きてきた。

 自殺で亡くした親友への負い目がそうさせていたのだ。


 その鎖は長い間哲矢をずっと縛りつけてきたわけだが、それが花のひと言によって解かれていく。

 哲矢にとってそれはとても奇妙な体験であった。


 【友達】とは、自分が考えていたほどハードルが高く労力の要するものではなかったのかもしれない、と哲矢は思う。


 もっとシンプルで気軽な関係。

 そんな当たり前のことに哲矢は今さらながら気づかされた。


「……分かったよ。川崎さんがそう言ってくれるのなら、俺も生田将人を……。いや、こんな他人行儀な言い方はもう止めだ。将人は無実だって、俺もそう信じてみたいと思う」


「関内君、それじゃ……」


「ああ。将人を救おう。彼の無実を証明するために事件を追うんだ」


「……あ、ありがとうございますっ!!」


 花は目を輝かせて頭を深々と下げる。

 その姿を見ながら哲矢は改めて思い出していた。


(そうだ。俺はそう決めていたじゃないか。今度こそ救うんだって)


 将人の無実を証明することはアイツへの償いにも繋がるんだ、と哲矢は思う。

 今まで避けてきた【友達】を作るという行為が、こんなにも呆気なく達成されてしまう。


(これでいいんだよな?)


 一陣の春風が部室の窓から吹き、三人の間を通り抜ける。 

 そのざわめきに混じって、坊主頭のかつての親友の笑い声が聞こえたような気がするのだった。


「……ところで。盛り上がっているところ申し訳ないんだけど」


「なんだ?」


「ハナには訊いて私には訊かないのね」


「は……?」


 メイは口を窄めてどこか居心地悪そうにしている。

 その仕草がなんとも可愛らしく思え、哲矢は思わずドキッとしてしまう。

 とっさに照れ隠しのため思ってもいない言葉を哲矢は口にしていた。


「いや、だってさ。別にお前とは友達って感じじゃないだろ?」


「そう、ね……。ええっ、主人と召使いって感じよね!」


「なんだそりゃ。どっちが主人で召使いだ」


「そりゃ、テツヤが召使いに決まってるじゃない? さっきだって駅前で私のマネージャーに間違われていたでしょ?」


「そっちがそんな恰好してるからだろ!」


「ほうほう。ようやく私の美貌を認めたようね」


「それ自分で言う台詞じゃないからな、普通」


 ついいつもの調子で哲矢はメイと言い争ってしまう。

 だが、内心では少しだけショックを感じていた。

 メイも空気を読んでわざとボケている可能性はあるにせよ、否定されないのはどうしてか哲矢の心は疼いた。


 そんな風に続けてあれこれと言い合っていると……。


「ぅうおっ!?」


 突然、にじり寄ってきた花に哲矢は手を掴まれる。


「……な、なにするのよ!?」


 メイも同様に彼女に手を掴まれていた。

 そして、二人は強引に手を引かれ、そのまま握手をさせられてしまう。


 初めて触るメイの手の感触は柔らかく……なんてことを哲矢が考える暇もなく。


「か、川崎さんっちょっと!」


「ぃ、勝手にっ……!?」


 哲矢とメイはお互いに顔を赤くさせながら動揺の声を上げていた。

 握手を解こうにも、間に入った花に二人の手はがっちりと掴まれてしまっていた。

 やがて、彼女はさも当然のことのようにこう口にする。


「これはお友達のしるしです」


「はぃっ?」


 そう哲矢が間抜けに声を漏らすと花は恥ずかしげもなくこう続けた。


「これから一緒にやっていくんです。関内君も高島さんもみんなお友達です。だって……その方がきっと楽しいじゃないですか♪」


 屈託のない眩しい笑顔を覗かせる花に対してメイはそれ以上何も言えない様子であった。

 哲矢と手を握ったまますぐにぷいっとそっぽを向いてしまう。

 

「うふふふっ~」


 嬉しそうにしているのは花だけだ。

 けれど……。

 これも悪くないのかもしれない、と哲矢は思う。


(みんなお友達……か)


 花の強引な行動に流される形でそれから暫しの間哲矢たち三人はその不格好な握手を続けるのであった。

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