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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月3日(水)
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第4話 少年はどうして事件を起こしたのか

 美羽子が口を開いて少年調査官についての説明を始める。

 その詳しい内容は以下の通りであった。

 

 近年、少年が罪を犯す動機は複雑化してきており、大人だけではその真意を探ることが難しくなっているのが現状だ。


 それを憂えた政府は、同じ感性を持つ同世代の子供たちに事件を起こした少年と同じ環境で生活を体験してもらい、その際に彼らが感じたことを少年の審判の際の判断材料にするというプロジェクトを水面下で立ち上げる。


 その役割を担うのが少年調査官であるという話であった。


 明日からは、隣り街の桜ヶ丘市にある宝野学園という中高一貫教育の学校へ転入して、少年と同じ生活を体験してもらうことになる、と美羽子は口にする。

 最終日には、調査報告書というレポートを提出する必要があるらしい。


「……残念だけど、特別な事情がない限り辞退することはできないの。関内君はここまで来てくれたわけだからそれは分かっていると思うけど……」


 美羽子は申し訳なさそうに口にした。

 もちろん、それは分かっていたことだ。

 特に反論することもなく、彼女の言葉に哲矢は頷く。

 

「不安もあると思うけど安心して。関内君一人に頼むってわけじゃないの」


「どういうことですか?」


 さすがに未成年の者にそこまで負担をかけるわけにはいかないという事情があるのだろう。

 美羽子は「少年調査官には補佐役がつくのよ」と付け加えた。


 それが、あの少女――高島メイであるようであった。


「詳しくは話せないんだけど、彼女のお父さんが私たちの上司と知り合いでね。色々あって今回は彼女に補佐役をお願いすることにしたのよ。ちょうどスプリングブレイクで日本に長期滞在することになっていたから」


「……なるほど。そういうことだったんですか」

 

 どんな相手であれ仲間がいてくれること自体は歓迎すべきことだ、と哲矢は思った。

 けれど、美羽子の話を聞く限りではあくまでもメイは補佐役に過ぎず、肝心な部分は哲矢が一人で判断する必要があるということであった。


「ここまでになにか質問はある?」


「いえ……」


 補佐役については今日初めて聞かされたことであったが、それ以外については事前に通知書に書かれていた内容の通りであった。

 美羽子は哲矢が頷くのを確認すると話を続ける。


「よろしい。じゃ次は肝心の事件について詳しく話していくわね」


 そこで哲矢は今回担当する事件の詳細を美羽子から聞くことになる。

 

 今から遡ることおおよそ1ヶ月前。

 事件は三年生の卒業式を次の日に控えた2月29日の放課後、二年A組の教室で起こった。


 少年の名前は生田将人。

 当時の年齢は17歳。


「これがその少年よ」


 美羽子は顔写真を一枚、哲矢の前に差し出す。


 アシンメトリーに切り揃えたミディアムカットの銀髪と日本人離れした彫りの深い顔立ちが印象的などこか寂しそうな表情を浮かべる少年がそこには写っていた。

 しっかりと見開かれた双眼は、何かを必死で訴えかけているようにも見える。


(生田将人……)


 彼は放課後の教室に金属バットを持って現れ、その場にいたクラスメイト数名に突然襲いかかったのだという。

 

「それでこっちが被害に遭った子たちの写真とその詳細ね」


 被害者は全部で四人。

 今度は数枚の顔写真と一緒に紙を美羽子は差し出してくる。


 そこには被害者の名前と彼らに関する詳細が記されていた。

 男子が二人に女子が二人であった。


 そのうちの一人――藤野麻唯という女子生徒は、教室の窓から突き落とされ、現在も病院で入院中なのだという。

 残りの三人も治療を受けて今は自宅で静養しているという話であった。

 

 将人は犯行を目撃したという教師の通報で駆けつけた警察官により現行犯で逮捕され、そのまま警察署へ連行された。

 その後の取り調べで彼は犯行を全面的に認めたようだ。


「えっ? それならなにも問題はないんじゃ……」


「いいえ。そう簡単な話じゃないの」


「……?」

 

「動機が分からないのよ」


 犯行を認めた将人であったが、なぜそれを行ったのかについては曖昧に供述を繰り返しているらしい。

 実は、将人は去年の夏頃に父親を病気で亡くしており、それからは伯母夫婦の家で暮らしていたのだという。


「生田将人の経歴よ」


 彼女から差し出された資料を哲矢はざっと流し読む。


 生田吾平と生田セーナ。

 どうやらそれが彼の両親の名前であるようであった。


 母親であるセーナは、将人が生まれて間もない頃に離婚で吾平の元を離れている。

 資料によれば、二人の間には20歳もの年齢の差があったようだ。


 離婚の原因がそれだけというわけでもないのだろうが、そのことが少なからず影響していることは、まだ結婚というものを具体的にイメージできない哲矢でも理解することができた。

 

 幼少時代の将人は吾平と一緒に世田谷の借家で暮らしていたようだが、小学校に上がるタイミングで桜ヶ丘市にあるニュータウンへと引っ越しをしている。


 その後、ニュータウン内の小学校へと通い、宝野学園中等部へと進学。

 だが、中等部一年の終わり頃には父親と一緒に今度は福岡へと引っ越しをしているようであった。


「色々と転校を繰り返しているんですね」


 資料から顔を上げて哲矢は美羽子に視線を戻す。


 どこか突拍子のなさを感じてそう訊ねずにはいられなかったのだ。

 美羽子は神妙な顔つきのまま、哲矢の問いに静かに答えた。


「お父さんの仕事の都合でそうなっていたみたい。福岡では数年は暮らしていたようだけど、そのお父さんも病気で死んでしまって……。結局、また宝野学園へ戻って伯母夫婦の家で世話になっていたのよ」


「…………」


 これだけ土地を転々と移り住み、思春期の半ばで父親を亡くしたのだ。

 当時の彼がどんな精神状態にあったのか。

 顔だけしか知らない少年ではあったが、それは想像に難しくなかった。


「家庭裁判庁は、生田将人は父親の死と幼い頃からの母親の愛不在の中で事件当時は精神が非常に不安定だったのではないかと考えて、これを難解事件と分類し、少年調査官制度に適用させることに決めたの」


 そこで全国の同世代の若者の中から無作為に適合者が選出される。

 奇しくもそれに選ばれたのが哲矢であった。

 

 美羽子はそこまで一気に話すと哲矢の顔を覗き込む。


 反応を試されているみたいであまり気分は良くなかったが、そんなこともあるのだろうと哲矢は選出された事実を肯定的に捉えていた。


(でも……実際この制度はどうなんだ? 同世代だからって他人の心が簡単に分かるわけでもないのに……)


 そう思った瞬間――。


 哲矢の脳裏にある坊主頭の友人の顔がパッと浮かぶ。

 だが、それもすぐに消えて無くなった。


 頭を振って気持ちを落ち着かせると哲矢はこう返答した。


「大体のことは分かりました。つまり、俺はその生田将人に代わって学園生活を送ればいいわけですよね?」

 

「ええ。飲み込みが早くて助かるわ」


「あとは実際に通ってみないとなんとも言えないですけど……」


「それもそうね。じゃあ、今日のところはこの辺にしておきましょうか。なにか分からないことがあったら遠慮せずに訊いてね」


「はい」


 哲矢はお辞儀をしてレクリエーションルームを後にすると1階の自室へと戻る。


 部屋のベッドに倒れ込むと「ふぅ……」と短く息を吐いた。

 同じ屋根の下に今日会ったばかりの者が数人同居しているというのはなんとも不思議な気分であった。


(高島メイか……)


 今後、彼女と果たして上手くやっていけるのだろうか。

 なるべく面倒ごとは起こさず無難に終えたい、と哲矢は思う。


(それで元の生活にすぐに戻るんだ……)


 ベッドに横になってもまったく眠気はやって来なかった。

 今日二度も取ってしまった睡眠のせいで哲矢の頭は完全に覚醒してしまっていた。

 

(まあいい。まだ夜は始まったばかりだ。その間にできることを済ませてしまおう)


 哲矢は一度ベッドから起き上がると、ボストンバッグの中から勉強道具を取り出して机に向かう。

 いつもそうしているように勉強へ没頭していく。

 こうしていれば、余計なことを考えずに済むのだ。


 哲矢にとって新鮮な一日は、いつもの習慣づけによって幕を閉じるのであった。

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