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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月7日(日)
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第39話 友達の正体

 友達……?

 その言葉に哲矢は違和感を抱く。


 〝友達〟とはそんな簡単にできるものなのだろうか。

 そんな気軽に口にできるものなのだろうか。


 おそらくメイの性格から察するに、仲良くなったといっても一言二言言葉を交わした程度のことだったに違いない、と哲矢は思う。

 それでも花は自然とメイのその〝友達〟という言葉を受け入れていた。

 

 なぜか哲矢の中に焦りのような感情が沸き起こってくる。


「こう言ってるけどいいのか? 大して話したこともないんだろ?」


「あ、はい。プリントを渡した時にちょこっと話をしただけです」


「それだけかよ!?」


 どうしてだろうか、声が震えてきてしまう。

 もうここまでくるとこの焦燥感が何に対するものなのかが分からなくなってくる。

 

 哲矢は納得がいかなかった。

 このメイに〝友達〟と言わしめる何かが、とてつもなく大きな秘密が、花のどこかに隠されているに違いなかった。

 けれど、花にそれ以上聞いてもメイと話をしたのはその1回きりなのだという。


「なにぶつぶつ呟いてんのよ。気色悪いわね」


「だって……おかしいじゃないか。それだけしか話したことがないのに友達だなんて……」

 

 哲矢が弱々しくそう口にすると、メイはスマートフォンから一度顔を上げる。

 そして、哲矢の瞳の奥に隠された感情を覗き込むように真っ直ぐに見つめると、やがて小さくこう呟いた。


「ハナは信頼できるからよ」


「……信頼?」


「無条件に相手を受け入れる気持ち。それがハナにはあったの」


「…………」


 哲矢はその言葉を心の中で復唱する。

 無条件に相手を受け入れる気持ちが花にはあったのだという。


 これまでのことを振り返ってみる。

 確かに花は自分のことを大きく受け入れてくれていたような気がする、と哲矢は思った。


 だが、それが一体何だというのか。

 哲矢にはメイが言おうとしていることが分からなかった。

 

「そんな大袈裟ですよ」


 花は恥ずかしそうに両手を振りながら答える。


「いいえ。大袈裟でもなんでもないわ。ハナはすぐに私のことを自然と受け入れてくれた。まだ何者かも分からないこの私を。それは友達の条件としてとても大切なことよ。だから、友達なのよ」


 なんとなく強引な持論のような気もしたが、それがメイなりの感謝の表現なのだろうと哲矢は思った。


「私も高島さんのことお友達だって思ってます」


 花も嬉しそうにそう続ける。

 両者の思いは綺麗に通じ合っているようだ。

 なんだか仲間外れにされたような気分で途端に哲矢は居心地が悪くなる。


「お、おほんっ……」


 咳払いをして誤魔化すと、哲矢は話題を切り替えることにした。


「オーケー。二人が友達だって思っているのは分かった。それで、そろそろ本題を話したいと思うんだけど」


「本題ですか?」


「ああ。俺たちがここへやって来た理由だ」


 哲矢は胡坐していた体勢を直し、正座して花に向き直る。


「なんでしょうか?」


 それに釣られるように彼女も背筋を正して哲矢の方を向く。

 一度深く息を吐くと、哲矢は彼女の目を見ながらこう口にした。


「実はその……謝罪をしに来たんだ」


「謝罪?」


 その時、メイの視線が哲矢へと向く。

 当然、この話をすることはメイには言っていなかった。

 哲矢は二人から向けられる視線を肌で感じつつ、慎重に言葉を選んで続ける。


「昨日、話を勝手に切り上げるようにして帰っちまったからさ」


「…………」


 花はじっと哲矢の目を覗くようにして黙り込む。

 その鋭い視線に哲矢は思わず顔を逸らしてしまった。

 

 彼女にどう返されるのかが分からず怖かったのだ。

 だが、そんな哲矢の不安は杞憂に終わる。

 すぐに花は顔をパッと明るくさせると、優しい声でこう返してくるのだった。


「なんだ、そんなことですか。全然気にしてないですよ。昨日は強引に私が誘ったんです。むしろ引き止めて悪いことをしたなって、私後悔してたんです」


「でも……」


 二人の微妙な空気を察してか、メイが間に割り込んで入ってくる。


「なにテツヤ。すでにハナと一度話していたわけ?」


「……あ、ああ。昨日鑑別局に行く前にちょっとな」


「ふーん。だったら今日ハナに会いに来た意味はなかったかしら」


「いや! そんなことはないんだ! 謝れなかったことが昨日からずっと引っかかっていたから……その、川崎さん。本当にごめん……」


「そんな……やめてくださいよ。こっちこそ、申し訳ないことをしたって思ってるんですから」


 それから暫しの間、お互いに頭を下げる時間が続く。

 そんな二人の姿を見てメイは気怠そうにため息を漏らした。


「そういうの疲れない? まさに日本人って感じで」


「茶化すなよ」


「なによ。思ったことをただ口にしただけじゃない」


「たまには思ったことを心に留めたりできないのか」


「そんなのムリね」


「……ふふっ。お二人とも、本当に仲がいいんですね」


「待ってくれ。これを見て仲が良いって思うか?」


「そっちから噛みついてくるだけで私は相手にしてないけど」


「いつも噛みついてくるのはお前だろっ!」


「ふふふ♪」


 どうでもいい会話を続けているうちに元あった話題はどこかへ飛んで行ってしまったようであった。

 それからしばらくした後、花が不思議そうに訊ねてくる。


「ですけど、このためだけにわざわざ日曜日に部室まで来てくれたんですか?」


「いや……。実はもう一つ理由があるんだ。今度は頼みごとなんだけど……。メイ、いいよな?」


 その瞬間、哲矢が何を言おうとしているのかを理解したのだろう。

 彼女は素っ気なくもはっきりと「いいんじゃない?」と口にした。

 それで哲矢の決意は固まった。


「その、生田将人の事件を……一緒に調べてほしいんだ」

 

「……えっ……」


 これまで驚く表情を見せなかった彼女が初めて目を丸くさせる。

 体を硬直させてフリーズしてしまった。


「ねぇ大丈夫?」


 メイがコンコンと花の体を叩くも彼女は固まったままだ。

 そして、言葉の意味をよくやく飲み込んだのか。

 時間差で慌てたように問うてくる。


「そ、それって、つまり……」


「昨日、川崎さんが言っていたことは正しいよ。俺らは生田将人が起こした事件のためにやって来た少年調査官なんだ」


「少年調査官……。やっぱりそうだったんですね」

 

「それで、川崎さんの力を借りられないかと思って。昨日言ってくれただろ? なにか必要なら一緒に手伝ってくれるって」


「はい。確かにそう言いました」


 哲矢は一本気に頷く花の姿を確認して続きを口にする。


「実はさ。昨日、生田将人に会って来たんだ」


「将人君に……?」


「俺らの保護者役に藤沢さんっていう家裁の調査官がいるんだけど、その人に連れていってもらって。もちろんメイも一緒にさ」


「ええ。会ってきたわ」


「それで……その時、俺は彼を見てクロだと思ってしまった。目の前にいるこの男こそ、クラスメイトの数人を襲った張本人なんだって。けどさ、宿舎に戻っていざ報告書を書こうと思った時、なぜか筆が進まなかったんだ。それで気づいたんだよ。俺はこれまで事件と真剣に向き合ってこなかったからこれが書けないんだって」


 その言葉にどう反応すれば良いのか分からないといった表情で、花は哲矢の目をじっと見つめていた。

 テーブルの上のお茶に触れようとするも空を切ってしまう。

 今の花は哲矢の話に深く引き込まれていた。


「その時、パッと昼間の川崎さんの言葉が思い浮かんだ。生田将人は無実だって、切実に口にするその言葉が」


「正直、俺は今も彼が無実かどうかは確信が持てない。だからさ。川崎さんには一緒に事件について調べてほしいんだ。そうすればなにか真実が見えてくるかもしれないから。一日結論を出すのが遅れてしまったけど……その、どうかな?」


「……関内君っ……!」


彼女は瞳を潤ませて感極まっていた。


「なにか忘れてない? 私も一緒に手伝うって話だったと思うけど」


 それを聞いた瞬間、花は居ても立っても居られないといった様子でメイに思いっきり抱きついてしまう。


「ちょ、ちょっと……ハナぁっ!?」


「お二人とも……本当にありがとうございますっ……!!」


「ぐ、ぐるぢいわッ……」


 見かけによらず結構な腕力の持ち主だったらしい。

 花はチョークスリーパーよろしく大技を決める形でメイに抱きつき、感涙を流していた。


(ふっ、不憫なヤツめ。まあこれも普段の行いが悪いから仕方な……)


 バコッ!!


 その瞬間、メイのパンプスが哲矢の脳天に思いっきり突き刺さる。


「うぎゃああぁっーー!?」


「少しはこっちの手助けもしろ!」

 

 結局、望まずともこういう展開となるようであった。

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