第385話 第三者の存在
哲矢はその場で立ち上がると、便箋の束をスポーツバッグの中へと仕舞い込む。
色々と思うことはあったが、これはやはり将人へ渡すべきだと哲矢は思った。
(それに……)
手紙の中には疑問の答えがいくつも書かれていたが、依然として分からない謎も存在した。
まず第一に、昨夜から一貫して感じている根本的な疑問が解決されていない。
将人が殺した相手は本当に裕行だったのか、という疑問だ。
確かに、手紙の中にも『少し先の斜面にあの男が頭から真っ赤な血を流して倒れてる姿を見つけて……』という描写が登場する。
大貴も将人と一緒にその死体を木箱の中へ入れ、地中深くに埋めているわけだから、当然顔もしっかり拝んでいるに違いなかった。
しかし、将人の話によれば、シャベルを相手の顔面に目がけて力の限りフルスイングしたのだという。
顔は破壊され、大貴が正確に認識できていなかった可能性も考えられる、と哲矢は思った。
経験から分かるのだ。
あのような真っ暗闇の中で誰かをしっかりと識別することがいかに困難であるかということを。
また、なぜ木箱の中身が消えて代わりにピンク色のショルダーバッグが入れられていたのかという疑問の答えも依然として判明していない。
『……これは、あり得ないんだ。こんなことは……絶対に……』
途端、意味深なそんな将人の言葉が甦ってくる。
二人が何者かを地中深くに埋めたことは、将人の証言と大貴の手紙の内容が矛盾していないことから考えてもまず間違いないだろう、と哲矢は思う。
とすれば、あの木箱の中から白骨化した死体が出てきて然るべきである。
しかし、中にはそのようなものが入っていることはなく、ポリ袋に包まれたファンシーなバッグがぽつんと置かれていただけであった。
先ほどまでは、大貴が木箱の中身を移動させ、ピンク色のショルダーバッグを置いたのではないかと考えていた哲矢であったが、彼の手紙の中にはっきりと『だから、俺はこの4年間一度も豊ヶ丘の森へは近づかなかったんだ』と書かれていたことにより、その考えは間違いであることが分かった。
(もちろん、他の人格の将人が移動させたってこともないはずだ)
殺人の事実は、2番目の人格の将人以外知っていないのだから。
あまり信じたくない答えではあったが、消去法で考えるのなら二人ではない第三者が木箱の中身を移動させたと考えるのが妥当なのだろう、と哲矢は思う。
(とにかく……)
この便箋の束を将人に渡して、もう一度事実を確認する必要があるのは間違いなさそうであった。
◇
足の踏み場に注意を払いながらカウンターを越えて哲矢はそのまま店の外へと出る。
直後、暖かな陽の光が哲矢の全身を包み込んだ。
来た時と同じように鈍い音を響かせながらシャッターを下ろすと、ようやく本格的な緊張感が生まれてくる。
これから再び将人と会わなければならない。
古びた団地の商店街を背にしながら、哲矢は大きく息を吐いて天を仰ぐ。
その頭上には、どこまでも澄み渡る青空がいっぱいに広がっていた。
「よっしゃっ!」
そう声に出してみると、自然とやる気がみなぎってくる。
勇気を出して踏み出すその一歩が真実に繋がることを信じて。
哲矢は自分が辿り着くべき場所へ向けて、ゆっくりと歩き始めるのであった。




