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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月7日(日)
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第38話 とにかく謝らないと!

「ごめんなさい。こんなものしかないですけど」


 部室の中へ招き入れられた哲矢とメイは花にお茶と茶菓子を振る舞われていた。

 

 正直花とは顔を合わせることができない、という思いが哲矢の中にはあった。

 昨日はあれほど失礼な態度を取って店を後にしてしまったのだ。

 怒っていて当然だと哲矢は考えていた。


 けれど、どうだろうか。

 目の前の少女は怒るどころか、相変わらずこちらに対して気を遣ってくれている。

 そのことがさらに哲矢を申し訳ない気持ちにさせた。


 哲矢は正座した状態のまま畳に両手をつけて頭を下げた。


「いや、こっちこそごめん。勝手に押しかけるようなことしちゃって……」


 花のことだ。

 こう言っても謙遜してくるに違いない、と哲矢は思っていた。

 だが、彼女の反応は哲矢が予想していたものと違った。


「ふふふっ。やっぱり、関内君聞かされていないんですね」


「聞かされてない?」


 一度優しく微笑むと、花はメイの方を見ながら口にする。


「今朝、高島さんから連絡をもらっていたんですよ。今日どこかのタイミングで会えないかって。私が自主練習もかねて今日は書道部の部室にいますって答えたら、15時に部室棟の廊下で会いましょうって話になって。それでさっき……」


 哲矢も反射的にメイへ目を向けた。

 彼女は図々しくもうつ伏せに寝っ転がりながらスマートフォンを弄っていた。

 フレアワンピースの裾から白い生脚が無防備に覗いている。


「そういうことだったのか。ったく……」


 彼女から目を逸らしつつ、哲矢は大きなため息を吐いた。

 結局、すべてメイのシナリオだったというわけだ。

 何もかも分かっていたのだ。

 花の連絡先も、彼女が今日どこで何をしているのかも。


 なぜメイが花の連絡先を知っていたのかは疑問であったが、どうせ朝に洋助から適当な理由でもつけて訊き出したに違いなかった。

 将人の事件を担当している家庭裁判庁の調査官ならクラスメイトの連絡先を把握していたとしても不思議ではないからである。


(けど……なるほどな。だからさっき何か隠しているように見えたのか)

 

 『メイは聞き込みができなかった』と邪推したのはどうやら勘違いだったようだ。

 そもそもの初めから彼女は聞き込みをする必要などなかったのである。

 おそらくこちらのウィークポイントを克服させるためだけにあのような提案をしてきたのだろう、と哲矢は思った。


 一人だけ苦労した点は納得がいかなかったが、そのおかげで哲矢は翠という知人を作ることができた。

 結果的にはメイの判断は正しかったと言えるだろう。


 微妙な距離感の哲矢とメイを気遣いつつ、花は遠慮気味にこう続けた。

 

「でも、どういう用件で会うことになったのかは聞いてないんです」


「ああ……うん」

 

 それはそうだろうな、と哲矢は思った。

 花と会えば何か話が進展するかもしれないくらいにしかメイは考えていなかったはずである。


 ここで彼女に話を振っても手で追い払われるのがオチだろう。

 なんとか自力で花と会話を成立させる必要が哲矢にはあった。


「……あっ、あのさ」


「はい?」


「えっと……」


 しかし、いざこうして面と向かってみると何から話をするべきか話題が浮かんでこない。


(とにかく謝らないと!)


 そう焦る哲矢であったが……。


「き、今日の部活は休みなのかっ?」

 

 まったく頓珍漢なことを訊いてしまう。


(なに言ってんだ俺は! 部室に来ているんだから部活が休みなわけないだろうが!)


 それにそんなことを訊くよりもまず謝罪が先ではないかと続けて思う哲矢であったが、意外なことにもその問いは花の気を引いたようであった。


「関内君、よく見ていますね。そうなんです、実は今日部活は休みなんです」


「えっ?」


 そう言われて哲矢はハッとする。

 今まで緊張してほとんど意識していなかったが、部室には哲矢たち三人の姿しかなかった。


「あれ? 他の部員はどうしたんだ?」


「日曜日もみんなで練習することはあるんですが今日は全体練習はお休みで。でも、私は自主練習がしたくて顧問の先生に頼んで部室の鍵を借りたんです」


「なるほど……。そういうことだったのか。けど、どうして一人で?」


「私一人暮らしだから。部屋にずっと籠っているとなんだか落ち着かなくて。それで休日はよくここを使わせてもらってます。考えごとをするのにも向いてますし、もちろん書道の練習もできますしね」


 花はそう口にするとにっこりと笑った。

 その笑みには人を自然と笑顔にするような不思議な魅力があった。


 年頃の女子高生が一人で生活をするというのは自分が考えている以上に過酷なはずだ、と哲矢は思う。

 色々と心配ごとも多いだろう。

 そんな環境にあるにも関わらず、彼女は積極的に声をかけてくれていた。


(……はぐらかしてちゃダメだ。きちんと川崎さんに謝ろう)


 哲矢はそう心に決める。

 だが――。

 

「……ちっ! なんでよりによって今メンテなのよ!」


「…………」


 どうやらメイは人の出端を挫く天才であるらしい。


(っていうか、なんでこいつはここまでリラックスしていられるんだ? こっちの気も知らないでさ)


 だんだんそのことが哲矢は腹立たしく思えてくる。

 さすがにつっこまずにはいられなかった。


「おいメイよ。なぜそんな我がもの顔で寛いでいる?」


「あー次新降臨かー。失念してたわ」


 すでに別のアプリを開いていた。


「話を聞けぇーーっ!」


「なによ。こっちはこれでeスポーツ出場目指してんだから。邪魔しないでよ」


「ここはお前の部屋でもなんでもないだろ! それに川崎さんに失礼じゃないか」


「……っさいわね。はい、なによ」


「い、いえ! いいんですよっ。自由に使ってくれて!」


 そこで慌てた様子で花が割り込んでくる。

 彼女の存在はまさにこの場における緩衝材であった。

 

「こう言ってるけど?」

 

 ドヤ顔で勝利の眼差しを送ってくる。


「ぐぬぬっ……」


 花が人間的にできた人物だったからよかったものの、本来ならばメイの態度はNGだ、と哲矢は思う。

 それ以前に哲矢には疑問があった。


 人見知りのメイがなぜここまでリラックスしているのか。

 これはとても珍しいことであるように思えたのだ。

 ついそのことを彼女に訊ねてしまう。


「というかメイ。川崎さんとそこまで顔馴染みってわけじゃないだろ? もっと節度をもって……」


「なに? ハナとはもう初日から仲良くなっていたけど」


「は……? 初日ぃっ!?」


「はい、休み時間に仲良くなって。実はその時、連絡先を交換してたんですよ」


 いつの間にそんなことになっていたのか。

 ホームルームのムッとした表情のメイの姿しか印象に残っていなくて、まさか二人がすでに連絡先を交換するほどの仲になっていたとは哲矢は考えもしていなかった。


(風祭さんに連絡先を訊いたわけじゃなかったのか)


 自分でさえまだ花とは連絡先を交換していないのだ、と哲矢は思う。

 メイの意外な一面を目の当たりにし、哲矢は狐につままれた気分となった。


「そう。だからハナとは友達よ」


 メイがスマートフォンに目を落としながら、なんでもないようにぼそっと呟く。 


「えっ……」


 それを聞いた瞬間――。

 哲矢の中で何かが暴れ回るように疼くのであった。

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