第374話 大貴からの手紙-9
『放課後、教室に残ってくれ。麻唯にも声かけてある』
その日、どこか決意の入り混じった声でお前にそう声をかけられた時、俺はすぐに直感したよ。
ああ……俺のよく知る将人が帰って来たんだって。
嬉しかった。
だって、もう会えねーかもしれないって思ってたから。
だけど……。
正直言って複雑な感情もあった。
嬉しさが込み上げてくると同時に一気に不安にもなった。
あの頃の俺たちは、麻唯の気持ちをそこまで深く考えてなかったって思うんだ。
俺たち――特にお前が警察に捕まったら、あいつはどう思うか。
さっきも書いた通り、できることなら俺は麻唯に真実を知らせたくなかった。
それを知った麻唯がどんな反応をするかも未知数だった。
それでも……。
お前の意志は変わってなかった。
いや、ちげーか。
お前は最初からまったくブレてないんだよ。
4年後の閏日に警察に自首するって、麻唯にも真実を伝えるって。
お前はずっとそう考えてたんだよな?
ありのままの事実をあいつへ打ち明ける。
それが正しいことだって、お前は信じてた。
当然、お前がそう考えてる以上、俺にはなにも言うことはできない。
あとは、麻唯が真摯に事実を受け止められる環境を作るだけだ。
俺はお前に「自分がいると麻唯が警戒するから二人きりで話してくれ」って伝えると、足早に帰ったよな。
あれは逃げからそう言ったんじゃない。
本当にそう思ってたんだ。
結果的にそれが悲劇を生むことになるなんて知らないまま……。
ここからはお前も知らない当日の話を書く。
あの日の放課後、俺は三崎口、塚原、渋沢っていう仲間の三人とプラザ駅前のファミレスで駄弁って時間を潰してた。
でも、頭の中に過るのはお前たちのことばかりで、意識は全然別のところにあった。
それで、どうしても気になって、俺は途中でファミレスを抜け出したんだ。
冬にもかかわらず燃えるような夕日がグラウンドを真っ赤に染め上げていて、部活に励む奴らの声が辺りに響き渡ってたのを覚えてる。
時刻はすでに17時を回ってたからグラウンドとは正反対に教室棟はしんと静まり返っていた。
さすがにもうこの時間は残ってねーだろうなって思いながらも、俺は念のために二年A組の教室へと向かった。
なにか胸騒ぎのようなものがあって、それを払拭したかったんだ。
足は自然と速くなってたよ。
それで……。
そんな俺の予感が的中したかのように、あと少しで二階まで登り切ろうかってところで女子の短い悲鳴が聞こえてきたんだ。
まさか……って、思いが一瞬のうちに脳裏を駆け巡ったよ。
俺は階段を駆け上がると、そのままA組の教室へと一目散に駆け込んだ。
ドアを開け放った瞬間、俺の目に飛び込んできた光景は――なんつーか、時間が停止してるように見えた。
大きく開かれた窓から夕焼けの空を見上げるようにして一人。
男子が床に膝をつけて、こっちに背を向けてた。
その後ろ姿を見て、俺はそれがお前だってすぐに気づいたよ。
お前が少し不自然な体勢でいること以外、なにか特別変わったことが起こってるようには見えなかった。
風がふわりとカーテンを揺らして、教室を真っ赤に染め上げている。
いつもと変わらない放課後の光景だ。
だけど、なんでかな。
その真っ赤に染まった色がなんだか血のように見えちまって……。
そこで俺はハッと気づいた。
女子の短い悲鳴が聞こえたってのに、その女子が教室のどこにもいないってことに。
麻唯の姿もそこにはなかったんだ。
普段なら、話が終わって先に帰ったか、生徒会かなんか用事が長引いてまだ教室へ来ることができてないんだろう、って思ったはずだ。
けど、どこか違和感あるお前の佇まいが気になってそういう風には考えられなかった。
なにか自分の想像を越えた出来ごとが起こってる。
そう感じた俺は、すぐさまお前に駆け寄って声をかけた。
麻唯はどうしたんだって、大声を上げながら。




