第370話 大貴からの手紙-5
結局、その後すぐに祖父は病気で亡くなってしまった。
祖母も早いうちに亡くしてしまってたから、パン屋は誰にも引き継がれることなく閉店してしまったんだ。
親父には一切の情がなかった。
葬儀がすべて終わった時、「清々した」って笑いながら口にしてたよ。
当時はその言葉の意味が分からなかったけど、今ならそれがどんな意味を持つ言葉かちゃんと理解できる。
元からそういう男なのさ。
自分にしか興味がないんだ。
だから、親父がこの場所に近づくことは絶対にない。
親父にとってこの店は、いわば忌々しい過去の記憶なんだよ。
ほとんど俺たちの遊び道具しか仕舞ってなかったし、家族の誰かが近づくこともなかった。
祖父には申し訳ないって思いもあるけど、犯行道具の隠蔽場所としては最高の場所だった。
客観的に見ても俺たちの計画は完璧に思えた。
これなら完全犯罪が成立するって。
だけど、やっぱそんなものは所詮ガキの考えた机上の空論に過ぎなかった。
現実はもっと生々しくて残酷だ。
当時、中一のお前によくそれができたって今でも思うよ。
逆の立場だったらって思うと足が竦んじまう。
とにかく、お前は有言実行した。
不測の事態があった中でお前はそれを強引に成し遂げちまったんだ。
ぶっちゃけ、その時の状況は俺なんかよりもお前の方が詳しいだろう。
つーよりも、それはお前にしか分からない。
そこで起きた出来ごとや緊張感は俺には計り知れないよ。
俺は寂れた公園の一角で大雨に打たれながら、お前が無事にやって来るのを祈ることしかできなかった。
一緒にヤツを襲うなんて大それたこと口にしたけど、実際俺にはできなかったって思うんだ。
ただ、お前の到着をひたすら待つことしか、俺にはできなかったんだ。
あの時計の針が1秒1秒無常に過ぎ去っていく音は、今でも頭に強くこびりついてる。
結局、0時を回って予定の時刻を過ぎても、お前は現れなかった。
失敗に終わったんだって密かに思った。
なにか予想外の出来ごとが起こったんだって。
正直、気が気じゃなかったぜ。
余程、持ち場を離れてお前を探しに行こうって思ったよ。
でも俺は、その場から動かずにお前がやって来るのをじっと待った。
こうした状況で下手に行動を取れば、余計に大変な方へ事態が転ぶって分かってたから。
それに俺はお前を信じてた。
たとえ、イレギュラーな事態が起こったとしても、お前は必ずこの場所までやって来るって。
結果的に俺のその読みは正しかった。
あの公園はさ。
街灯は撤去されていて周囲は本当に真っ暗だった。
誰からも忘れられてしまった場所。
そんな中で俺は土砂降りの雨に目を向けながら茂みに隠れてじっと息を潜めてた。
やがてさ。
一つの影が闇に紛れてこちらに向かって来るのが見えた。
雨音にかき消されながらなにかを必死で叫ぶその影を見て、俺はお前が来たんだって確信したよ。
一目散にお前の元まで駆けつけた。
だんだんと輪郭がはっきりするにつれて、俺はハッとあることに気づいた。
お前はリヤカーを引いてなかったんだ。
それに、お前の姿は泥だらけだった。
緊迫した状況にあるのは明白だったよ。
「一緒に来てくれ!」って、ものすごい剣幕で手を引いてくるお前に事情を聞き返してる余裕は俺にはなかった。
そのままお前が向かったのは、襲撃地点である麻唯の団地前の歩道だったよな。
そこにあの男の死体はなくて、俺は正直ゾッとしたよ。
仕留め損なったんだって思ったから。
けど、木箱をリヤカーの上に乗せるように指示を出すお前の言葉を聞いて、すぐにそうじゃないって分かった。
どこか別の場所で殺したんだって。
俺はそう悟った。
その後、お前が道を先導する形で一緒にリヤカーを運ぶことになった。
多分、お前もそうだったと思うけど、大雨の中で視界を確保しつつ、ぬかるみに注意しながらの運搬作業はかなり堪えた。
それに俺たちは常に周りの視線を気にする必要があった。
さすがに土砂降りの真夜中に散歩する物好きはほとんどいなかったけど、それでも遠くに傘が見えた時は茂みに隠れてやり過ごしたよな。
そうやって俺たちは少しずつ前進していった。
距離はそこまで離れてなかったはずだが、色々と神経を使ったせいか、その場所へ着くまで想像以上に時間を食っちまった印象だ。
住宅街を通り抜けて真下に幹線道路が走る歩道橋を渡るとさ。
大きな木々に囲まれた場所が見えてきた。
〝ここだ〟ってお前が指さした場所は、豊ヶ丘の森っていう第五区画の外れにある公園だった。
正確には、あの公園は桜ヶ丘ニュータウンの外にある。
忠生市と隣接してて、野鳥の観察場所としても近所の住民に親しまれてる場所なんだが、俺らがガキの頃でもわざわざあの辺りまで遊びに行くことはなかった。
ニュータウンの外までは遊びに行かないっていう暗黙の了解みたいなもんがあっただろ?
今にして思えば、そんなのは大人が俺たち子供に勝手に植えつけたルールって分かるんだけど、当時の俺たちはとにかくそれを守ってニュータウンの中だけで遊んだ。
だから、あそこは滅多に行ったことのない場所だったんだ。




