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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月7日(日)
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第37話 書道部の部室へ

 桜ヶ丘中央公園で翠と別れた哲矢はさっそく宝野学園へ向かうことにした。


 ここからならバスで行くよりも歩いた方が早いという翠の助言に従って、哲矢はスマートフォンの地図アプリを開きながら問題なく宝野学園の敷地へと到着する。

 徒歩で10分ほどの距離だった。


「おおっ」 


 校門は日曜日にも関わらず堂々と開け放たれていた。

 というよりも、園内には目視できる範囲だけで結構な数の生徒がいた。


 おそらくほとんどの者が部活で来ているのだろう、と哲矢は思う。

 地元の高校もそうだ。

 休日には学校側に隠れて駄弁るだけが目的で部活に顔を出す生徒も多い。


 どうやら先ほどの翠の話は建前に過ぎないようであった。

 

(案外こういうところは緩いんだな)


 万年帰宅部の哲矢にとって休日も部活に顔を出す彼らの存在はある意味で尊敬の対象であった。

 

(もちろん、川崎さんのように本気で部活に取り組むために学園へ顔を出している生徒もいるんだろうけど……)


 そんなことを考えながら哲矢はそっと校門を潜り抜ける。

 そして、そこでふとあることに気がつく。


「あっ、ヤベッ……」


 制服を着ていないのだ。

 別にやましいことをするわけではなかったが、教師に呼び止められでもすれば目も当てられない。

 それに、本来ならば自分はすでに宝野学園の生徒ではない、ということを哲矢は思い出す。


 洋助が段取りを組んでくれたようだが、ここで下手な問題でも起こせば彼のその努力を無駄にしてしまう可能性があった。


 数秒ほどその場で立ち止まり、どうするべきか哲矢は悩む。

 するとちょうどそのタイミングで、同じく私服姿で園内へと入っていく者の姿を哲矢は視界に収める。


「ってお前かよッ!?」


 口にクレープを咥えたメイが振り向く。


「もぐもぐ……ん?」


 物を口にしながら堂々と闊歩する姿はまさに感服ものだ。

 

「……ふぅーおいしかった。で、あんたも来てたのね」


 色々とつっこみたいところではあったが、ひとまず心を静めて冷静に質問することにする。

 

「なぜここにいる? マンションの方で聞き込みしてたんじゃなかったのか?」


「それを言ったら、テツヤだってなんでこんなところにいるわけ?」


「それは……えっと、教えてもらったんだ。川崎さんの居場所を」


「誰に?」


「クラスメイトだよ。デッキ近くの大階段を登ったところに大きな池のある公園があってさ。たまたまそこで会って。川崎さんなら部活で学園に来ているんじゃないかって言ってたから」


「ふーん……。上手くやったってわけね」

 

 そう口にするメイはどこか憂いを持った色で目を細める。

 だが、それも一瞬のことであった。

 すぐに表情をくるくると変化させると、スマートフォンを取り出しながらこう続けた。


「でもLIKEにメッセージは届いていないようだけど」


「部室だけ覗いてみてから連絡するつもりだったんだ。っていうか、そっちはどうしてここに来たんだよ」


「私も教えてもらったのよ」


「へぇー。やるじゃんか」


「Siviにね」


「まさかのAIぃっ!?」


 いくら技術が目覚ましく進歩している現代にあっても、スマートフォン一つで赤の他人の居場所をピンポイントで探り当てるという機能はまだ備わっていない。

 というよりも、そもそもの目的はウィークポイントの克服であったはずだが……。


「まぁっていうのは当然冗談で。勘よ。部活で学園に来ているんじゃないかって思ったんだけど、どうやらその読みは当たっていたようね」


「結局勘かよ……」


 メイのその話がどこまで本当かは哲矢には分からなかった。

 ただ、彼女が何かを隠しているような気がして『聞き込みはどうしたんだ?』とは聞けなかった。


 それは彼女自身が乗り越えなければならない問題だと分かったからだ。

 だから、哲矢はそれ以上メイに何か問い質すことは止めにした。


「でも、読みが当たっていたかはまだ分からないぞ。俺はただそうかもしれないって聞いただけだから」


「だったら、こんなところに突っ立ってないで早く確認しに行きましょう」


「ああ。そうなんだけど……」


 そこで哲矢は自分が何か忘れていることに気がつく。

 

「いやそうじゃなくて!」


「なによ?」


「俺たち私服じゃないか。教師の誰かに見つかるとマズいって思ってここでどうするか悩んでたんだよ」


「なんで教師に見つかったらマズいの?」


「なんでって、そりゃ……」


 きょとんとした顔で訊ねてくるメイを見て哲矢は違和感を抱く。

 その原因が何であるかを考えているうちに、彼女は懐からある物を取り出すのだった。

 生徒手帳だ。


「ちょーっと待てぇっ!! なんでそんなもの持ってるんだっ!?」


「私はテツヤよりも学園に通う期間が長いでしょ? だから初日に渡されたのよ」


「マジかよ……」


 なにか釈然としないものを感じたが、これで呼び止められても言い訳が可能だ。

 安心して部室棟へ向かうことができる。


「さ。もたもたしてないで行くわよ」


「お、おうっ」


 哲矢はメイの後に続き、園内のさらに奥へと足を踏み入れた。




 ◇




 部室棟へ向かうまでの間、メイは生徒手帳を人目に触れる位置に掲げながら歩いた。

 「この方が捕まった時に言い訳する手間も省けるわ」と彼女は口にする。


 目立って見つかる確率が高まっているように思えたが、満足そうな顔で闊歩するメイに何か言う気にもなれず、哲矢はそのまま黙って彼女に従った。


 当然、すれ違う生徒たちは皆怪しい私服姿の二人組をチラッと覗きながら通り過ぎていく。

 だが、普段ほどの不快さは感じられなかった。


 それは、休日の力が働いているためか部活中で忙しいからなのか理由は分からなかったが、どことなく学園の一員として溶け込めているような気分と哲矢はなる。

 

 そうこうしているうちに二人は部室棟にある書道部の部室前に到着した。


「ハナって書道部だったのよね?」


「ああ。小学生の頃から書道を習っていたらしい」


 メイがどこでその情報を手に入れたのかが気になるも、今は昨日の昼間の出来ごとの方が哲矢の意識を大きく支配していた。

 

(まずは川崎さんに謝らないと……)


 花はただ自分の気持ちを正直に伝えただけなのだ。

 それを感情的になぎ払って喫茶店を後にしてしまった。

 哲矢はそのことを昨日からずっと後悔していた。


「いいか? ノックするぞ」


 息を少し整え、隣りにいるメイにそう確認する。

 だが、返事がない。


「……って、いねえぇぇーっ!?」


 こいつはどれだけ俺につっこませれば気が済むのだ、と哲矢は思う。

 わざとやっているとしか思えないから尚更たちが悪かった。

 逃げたのだろうか。


(でも、ここまで来たわけだし。俺だけも……)


 そんなことを考えながら、哲矢は部室のドアノブに手をかけようとする。

 すると――。


「あれ……? 関内君も?」


 聞き覚えのある声が後ろから上がる。

 振り向くとそこには花の姿があった。


「か、川崎さんっ!?」


「はい?」


 途端に緊張して哲矢は声を上擦らせてしまう。

 だが、すぐに彼女の後ろに隠れているメイの存在に気づき、哲矢の中に冷静さが戻ってくる。


「なんでお前がそこにいるんだよ!」


 メイはブロンドの髪を靡かせながら、ピースサインをして悪戯っぽく笑うのだった。

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