第361話 殺人の協力者
あの木箱……と、哲矢は思う。
考えれば考えるほど、あれを当時中学一年の彼が一人が運んだと納得するのは無理があるように思えた。
また、殺害時の状況についてもそうだ。
いくら強力な武器を手にしていたとはいえ、やはり大人の大男を中学一年の男子が一人で殺せたとはどうしても考え辛かった。
協力者がいたと考えるのが自然ではないか、と哲矢は思う。
〝これは俺が埋めた木箱じゃない〟という最後口にした将人の発言の意味も気になったが、今はその協力者を絞り込むことの方が重要であるように哲矢には思えた。
けれど、そうは考えても、絞り込むまでもなく該当者は一人しか思い浮かばなかった。
「大貴……」
哲矢は声に出して、その者の名前を口にしてみる。
焦点となるのはあの鍵だ。
シャベルが仕舞われていた鉄製の箱の鍵をどうして大貴が所持していたのか。
〝このシャベルを使ってある男を殺したんだ〟と、将人は躊躇いもなく発言していた。
仮に、事件に結びつく物的証拠を隠すために、あのパン屋の一室に保管していたのだとすれば、大貴は殺人の事実を知っていることになる。
真夜中の将人の話の中に大貴の名前は一切出てこなかったが、それがかえって哲矢には怪しく感じられていた。
なぜなら、パン屋を開けるための鍵もあの鉄製の箱の鍵も、すべて大貴が所持していたものなのだ。
疑問を抱くなと言う方が無理な話である。
昨夜、彩夏と対峙した際に彼女が口にしていた〝生田ならその使い道が分かるだろう〟という意味深な発言も、大貴が殺人の事実を知っていたことを如実に表しているように、哲矢には思えるのだった。
(それに……)
哲矢は、将人が肩を震わせながら目を落としていたあの分厚い紙の束のことを思い出す。
やはり、あれは大貴からの手紙だったのではないか。
洋助の話では、大貴は現在練馬にある特別少年鑑別局へ入れられているのだという。
時間的にも今から彼に会いに行って、真相を確認する余裕はない。
だが、あのパン屋なら歩いてでも行ける距離にあった。
シャベルと一緒に鍵を掛けて仕舞われていたことから察するに、今回の将人の一連の行動を探るヒントがそこに書かれている可能性は大いにあり得た。
確認しに行くだけの価値はある、と哲矢は思う。
「……よしっ」
そう小さく気を吐くと、哲矢は第三区画の方角へと足を向ける。
◇
例の団地内の古びた商店街への行き方は哲矢はすでに把握していた。
途中、桜ヶ丘中央公園の中を通りながら向かうことにする。
洋助や美羽子とここで再会できるのではないかという淡い期待を抱く哲矢であったが、池の畔にはやはり彼らの姿は見当たらなかった。
集合時間からすでに9時間が経過しようとしているのだ。
(当然と言えば当然か……)
そのまま池の畔に沿って歩いていると、慰労会での出来ごとが哲矢の脳裏に自然と甦ってくる。
自分たちは昨夜の延長線上にいるのだ、と哲矢は思った。
(まだ、なにも終わってない)
あの時、将人が麻唯に会いに行ってみたいと口にした時から、哲矢はどこか胸騒ぎのようなものを抱き続けてきた。
朝の爽やかな光に包まれ、忘れそうになってしまっているが、哲矢の心は依然として将人に囚われたままなのである。
だからこそ、自らの手でその幕引きを行わなければならなかった。
「…………」
哲矢は唇を強く噛み締めると、スポーツバッグを揺らしながら目的の商店街までの道を急ぐのであった。




