第355話 夜明け前
月明りに照らされた将人の周囲には大小さまざまの穴が開けられており、そのうちの一つを彼は肩で息を乱しながら指さしていた。
「ここだけ少し土が盛り上がってたんだっ!」
近くまで哲矢が来るのを確認すると、彼は興奮気味にそう唱えた。
「土が盛り上がってた? どういうことだ?」
「……はぁっ、ッ……お、おかしいと思ったんだ……。やっぱり――が……」
「えっ……」
「か、懐中電灯を貸してくれ!」
慌ただしく将人は手を差し出してくる。
哲矢の声はまるで耳に届いていない様子だ。
ここまで将人が動揺した姿を見せるということは何か理由があると思い、哲矢は要求されるがままブレザーのポケットに入れていた懐中電灯を取り出すと、それをすぐに彼へと投げつけた。
「シャベルも!」
「お、おう……」
手にしたシャベルを返却すると、将人は指をさしていた穴の中に足を踏み入れていく。
50、60センチは掘ってあるだろうか。
彼の体の三分一は、穴にすっぽりと埋まってしまう。
そのまま将人は腰を屈めると、懐中電灯で底の部分を照らす。
「なんか見つかったのか?」
後ろから哲矢がそう声をかけても、将人は何も口にしない。
ただ底の部分を光で照らし、何かをじっくりと精査しているようであった。
それからすぐにシャベルで底を突き始める。
哲矢は黙って彼の行動を目で追うことくらいしかできなかった。
しばらくそんな風にして将人の背中を眺めていると……。
バコンッ!
鈍い音が穴の中から響いてくる。
「ど、どうしたっ……?」
身を乗り出して哲矢は将人を覗き見た。
すると――。
「……あったぞ」
彼は背を向けたまま、静かにそう返してくる。
「あ、あった……!?」
土を掘り進めていけばいずれ木箱の縁に当たるという公言通り、将人はそれを見つけたのだ。
(マ、マジかよ……)
場の緊張が一気に高まるのが哲矢には分かった。
将人の話がすべて真実ならば、木箱の中には白骨化した裕行の死体が入っているはずである。
こんな真夜中に、哀れに朽ち果てた人間と対面しようとしている。
明らかに常軌を逸した状況であったが、感覚はすでに麻痺しているため、やはり哲矢はそれに対して恐怖心を抱くことはなかった。
どちらかと言えば、真実に迫りたいという好奇心の方が強い。
さらに前のめりとなって、哲矢は将人の背後から穴の中を覗き込む。
その瞬間、何かきらりと光るものが哲矢の目に映った。
「それが……」
哲矢は無意識のうちに対象のものを指さしていた。
腰を下ろしたまま将人は哲矢の方を振り向くと、ゆっくりと頷きながら答える。
「……ああ。木箱の縁だ。ちょうど上蓋の部分だよ」
彼がそう口にして初めて、哲矢の中に実感が生まれる。
この中に将人の〝4年前の忘れもの〟が入れられているのだ。
「……っ」
ごくっと唾の飲み込む音が辺りに響く。
それほど周囲はしんと静まり返り、夜の淵にあった。
もっと掘り進めれば、きっと木箱の全容が見えてくるに違いない。
しかし、そのまま哲矢が待っていても、将人の手が動く気配はなかった。
「お……おい、どうした? 木箱の縁が出てきたんだろ? 掘り進めようぜ」
「……ッ、そ……そうだな……」
将人は一瞬ハッとするような仕草を見せると、そのままシャベルの取っ手を掴んで土を掘る作業を再開させる。
いよいよその時が近づいてきて将人も緊張しているのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと哲矢の脳裏に先ほどの将人の言葉が甦る。
〝ここだけ少し土が盛り上がってたんだっ!〟
あれは一体どういう意味だったのだろうか。
どこか釈然としないものを感じながら、哲矢は成り行きを見守るのであった。




