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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
二つの手紙編 4月14日(日)
354/421

第354話 哲矢の本心

「それじゃ、哲矢はその辺りを頼む」


「おう」


 二人は少しだけ距離を取って、同じエリアの土を掘り返していくことになった。

 引き続き哲矢はシャベルを使い、将人は素手のままで穴を掘り進めていく。


 幸い、土は先ほどから降り続いた大雨のお陰で柔らかくなっており、ほとんど力を使わなくともシャベルなら軽々と掘り進めることができた。


 この様子だと素手でもそこまで重労働ではないはずだと、哲矢はしゃがんで近場の土を掘る将人の姿を見ながら思う。

 彼は手のひらサイズの石を使って器用に土を掻き出していた。


(俺も負けてられないな)


 土を掘り進めていけばいずれ木箱の縁に当たるはずだ、と将人は口にする。

 なんだか宝探しみたいだな、とゲームにも似た感覚でシャベルを握る哲矢の手にも自然と力が入る。

 

 木箱の中には男の死体が入っているはずなのだが、今の哲矢は恐怖すら感じていなかった。

 罪悪感も倫理もすべて置き去りにして、感覚を麻痺させてしまっているのだ。

 ただ無心でシャベルを使い、哲矢は土を掘り進めていく。


 そして、そんな単純な作業に身を任せていると、ふといらぬ疑問が浮かんできてしまう。


(でも、そんなもの、本当に一人で掘って埋めたのか?)


 裕行を殺害後、彼は一度襲撃地点まで木箱を取りに戻り、それをリヤカーに乗せてこの場所まで運んできたようであったが、やはりその話は現実味を欠いているように哲矢には思えた。


 当時、将人はまだ中学一年だったのだ。

 自分で〝まだ体が成熟しきってない子供〟と称していたほどなのである。


 一回そのように考え始めてしまうと、次から次へと疑問が浮かんできてしまう。


 中でも一番引っかかったのは、そもそも中学一年の男子が一人で大人の大男を殺すことができたのだろうか、ということにあった。


 これらすべてを単独で行うことが果たして可能なのだろうか、と。

 哲矢はどうしても違和感を拭い去ることができない。


 だが、今さらそれを将人に訊くこともできず、もやもやとした感情を抱いたまま、哲矢は手を動かし続けるのであった。






――――――――――――――






 ――それから。

 どれくらいの時間そうしていたことだろうか。


 哲矢は腕時計で時間を確認するのも忘れるくらい土を掘るという行為に夢中となっていた。


「……っ……」


 辺りを見渡せば、そこら中が穴だらけとなっている。

 いつの間にか将人は哲矢の傍を離れ、少し遠くの斜面で体を屈めながら土を掘り進めていた。


 思わずため息が漏れ出る。

 正解が分からない中で必死にもがき続けていたせいか、想像以上に体力を消耗してしまっていることに気がつく。


 今は気を張っているため自身を保っていられたが、何かの拍子で糸がぷつんと切れたら再び立ち上がれる自信が哲矢にはなかった。


(……腹減ったなぁ……)


 シャベルを地面に突き刺すと、哲矢はついその場にぐったりと仰向けに寝転んでしまう。

 髪も制服も靴も、すべてが泥だらけの状態であったため、その場に身を投げ出すことには哲矢は一切の抵抗がなかった。


 自然と視線は真上へと注がれる。

 分厚い雲を切り裂くように光り輝く月が真ん丸と浮かんでいるのが見えた。


「…………」


 その煌めきに目を奪われていると、哲矢は久しぶりにじっくりと夜空を見上げたことに気がつく。


 今日(正確には昨日だが)の昼間までは、桜ヶ丘中央警察署の留置場へ入れられていたのだということを哲矢は思い出していた。


 東京家庭裁判庁羽衣支部で美羽子と一緒に裁判官と会って、迎えにきた洋助にわけも分からないまま桜ヶ丘中央公園へと連れて行かれ、そこで宝野学園の慰労会に参加して……。


(その後、四人で瓜生病院まで藤野の見舞いに行ったんだ)


 そこから将人の〝4年前の忘れもの〟を探すことになり、色々と言い争いがあって、結果的にメイと二人っきりで探すことになって。

 

 その時の彼女の真摯な告白と弱々しい表情がふと哲矢の脳裏に甦る。

 そこには、哲矢が初めて見るメイの姿があった。

 ふと、彼女の言葉が甦る。


 『……今なら、テツヤがどれだけ私を救ってくれたかが分かるの。私は一人じゃ、この先も絶対に上手くいかない。こういう性格だから。それは自分が一番よく分かってる。だからね、私もその未来に……』


(その未来に……か)

 

 あの時、メイが口にしようとしていたこと。

 その内容に哲矢は薄々気づいていた。


 その先に続く言葉を自分が望んでいたことも事実だ、と哲矢は思う。


 しかし、どうしてか。

 それを言わせてはならないという使命感にも似た感情があの時降りてきたのだ。


 だから、あんな風に素っ気なく突き放すような真似をしてしまった。

 続きを聞いてしまうことで何か大切なものを壊してしまいそうで、怖かったのである。


(……けど、俺の本心はどうなんだ? 俺はメイを――)


 あと少し。

 ほんのちょっとで、その答えに辿り着きそうというところで……。


「……て、哲矢っ! ちょっと来てくれ!!」


 突然、将人の焦ったような大声が遠くの方から聞こえてくる。

 その声色がこれまでのものとまったく異なることに哲矢はすぐ気づいた。


「今行くっ!」


 哲矢は体を飛び起こすと、シャベルを手に取って将人の元へ一目散に駆け出すのだった。

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