第353話 雨あがる
すべてを語り終えた将人はその場でしばらく立ち尽くし、大小いくつか穴が開いた斜面をじっと見渡していた。
月は雲間から完全に姿を現し、光が周囲の木々を神々しく染め上げる。
もう懐中電灯は必要なさそうだ。
ふと、哲矢がそんなことを考えていると、将人が無言のまま視線を向けてくる。
彼は幾分冷静さを取り戻したようであった。
あとの判断はこちらに委ねる、と。
口にはしなかったが、哲矢には将人がそう言っているように感じられた。
(…………)
真実が徐々に明らかになるにつれ、哲矢はこれまで抱いていた自分の思いが真逆の方向へと走り始めていることに気がつく。
今、将人がやろうとしていることは麻唯に対する贖罪の行為であると分かったのだ。
見えない檻に閉じ込められてしまっているのは麻唯だけでなく、将人も同じであるということに、哲矢はこの時になってようやく理解する。
ならば、解放しなければならない。
(俺にはそれができるんだから)
続く言葉は自然と溢れ出てきた。
「……分かった。手伝うよ」
「えっ」
まさか、そのような返事が来るとは思っていなかったのだろう。
将人は驚きの表情で哲矢を見つめ返す。
「いいのか?」
「さっきも言った通り、罪は償うのが正しいに決まってる。自首を否定してたわけじゃないんだ。藤野と花のことが気がかりだったからそう言ってたまでだよ。だけど、そのうちの一人は……もう手遅れみたいだからな」
「っ……」
哲矢がはっきりそう口にすると、将人は言葉を詰まらせてしまう。
その反応を見て哲矢は確信する。
やはり、彼は責任を感じているのだ、と。
これ以上、自分の考えを押し通すことは哲矢にはできなかった。
重く沈みかけるこの場の雰囲気を持ち上げるため、哲矢は声のトーンを一つ上げてこう続ける。
「その代わりさ。花には直接、お前から真実を伝えてやってくれ。そうじゃないと、これまでのあいつの努力はすべて無駄になってしまう気がするんだ」
「…………」
空気を変えるためにそう発言したはずであったが、口にしてから哲矢はしまったと思った。
今のこの台詞は、将人をさらに責める言葉にほかならない。
もちろん、彼は分かっているはずだ。
花がこれまでどれだけ自分のことを思って行動してきたかということを。
だからこそ、怖いのだろう。
また、麻唯と同じように花を傷つけてしまうのではないか。
今の将人はそう不安を抱えている。
自首という形で自らの罪に決着をつけたいという思いと、それをすることによってまた一人新たに傷つけてしまうのではないかという思いが、将人の中で揺れ動いているのが哲矢にはよく分かった。
それと同時に、将人が自分に求めていることも哲矢は理解していた。
(俺にできることは……)
哲矢は一度そう自身に問いかけると、はにかんでこう付け足す。
「……大丈夫、その時は俺も一緒に立ち会うから。俺たちの間ではさ。こういう関係を〝友達〟って呼んでるんだ」
「友達……?」
「そう」
正直、こんなことを口にするのは恥ずかしいという思いもあったが、哲矢にはすでにその免疫が備わっているようであった。
懐中電灯の明かりを消してそれをブレザーのポケットに入れると、哲矢はそのまま彼の元へ歩み寄って手を差し出す。
「ほら。その証拠に」
「あ、ああ……」
戸惑いの表情を見せながらも、将人は素直に手を握り返してくる。
お互いに全身泥だらけのびしょ濡れの状態であったが、それがかえって二人の仲間意識を高めていた。
「さあ、時間がないぞ。風祭さんたちがここまで探しに来る前に手分けして掘り返しちまおうぜ!」
笑みを浮かべて哲矢がそう口にすると、将人は静かに「ありがとう……哲矢」と口にするのだった。
先ほどまで降り続いてきた雨は完全に上がり、雲間から差し込む月明りが哲矢と将人の再出発を美しく照らし出すのだった。




