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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
二つの手紙編 4月14日(日)
352/421

第352話 彼女が目を覚まさないのは

 哲矢は将人の話を聞き終え、暫しの間、言葉を失った。

 まさに、悲劇と呼ぶに相応しい出来ごとだからだ。


 最初に彼が決めていた通り、麻唯に何も告げずに警察へ自首していたのなら、事故は決して起こらなかったことだろう、と哲矢は思う。

 結果論に過ぎないが、結末が違っていたのは間違いないはずである。


 〝運命の悪戯〟

 そんな言葉が哲矢の脳裏に過る。


(……多分、それがきっかけで将人の人格は再び入れ替わった。それも、まったくの新しい人格に……)


 仮に将人のその人格を〝3番目〟と呼ぶことにする。


 そのように考えれば、3番目の彼が麻唯の転落以降からの記憶しか有していなかったことの説明もつく。

 3番目の将人は、やはり生まれたての小鹿のような存在だったのだ。

 社家に利用され、自分がクラスメイト数名を金属バットで襲ったと主張しても致し方ないことであった。


 その顛末をすべて2番目の将人は見てきたのだろう、と哲矢は思う。

 ある意味で自らの弱さが原因でまったく新しい人格を生み出してしまったことにも、彼は気づいているに違いなかった。


 そんな思いもあってか。

 将人は暗闇の中で自虐的な笑みを一瞬哲矢に向けると、弱々しくこう声を絞り出す。


「そう……哲矢、キミの言う通りなんだ。軽率な行動を取ったばかりに、俺は麻唯との関係をぶち壊してしまった。確かに、それは一度壊してしまったら、二度と戻らない類のものなんだよ」


 〝ぶち壊してしまった〟という表現は大げさでもなんでもなく、彼の本心から出た言葉に違いなかった。

 

 その時――。

 ふと哲矢の脳裏に、昏睡から覚めない麻唯の容態について以前花から聞いた言葉が過る。


 〝なによりもお医者様が一番気にされているのは、なぜ麻唯ちゃんは眠りから目を覚まさないのかということです。便宜上、脳神経外科に入れられてますが、脳に異常があるわけでもないようなんです〟


 幸い目立った外傷もない、とも花は口にしていた。


(つまり、こういうことじゃないか?)


 一つの仮説が哲矢の中に浮かび上がる。


 今の将人の話から推察するに、麻唯は彼の言葉を受けて相当心にショックを受けたに違いなかった。

 だから、現実に戻りたくないのではないか。


(目を覚ませば、辛い現実が待ってるから……)


 哲矢にとって麻唯の実像は、ほとんど花の話によって構成されている。

 リーダーシップがある生徒会長で、面倒見もよく、学年での人気も高い。

 そのような印象が強いため、彼女がそんなに弱い人間ではないと否定したい気持ちもあった。


 だが――。

 同時に甦るのは、生徒会室で聞いた利奈のあの話だ。


(中等部の頃の藤野は入退院を繰り返していて学園を休みがちだった)


 将人も麻唯は学園を頻繁に休んでいたと証言している。

 だから、彼女は弱い人間だとは言えないが、過去に心の病を患っていたことは事実である。


(藤野……。なぜ、君は目を覚まさないんだ?)


 もちろん、その答えを知る者は彼女以外に存在しない。

 しかし、だからこそ、将人は苦しんでいるように見えた。


 答えが分からないからこそ、余計に自分を責めてしまうのだ。

 麻唯が目を覚まさない原因は自分にあるのだ、と。


 哲矢には、彼がそのように考えているように見えてならなかった。

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