第351話 真相 その3
「……その話を聞いた麻唯は、これまでと打って変わって明らかに動揺していた。理解が追いつかないって感じで、肩が微かに震えてるのが俺には分かったよ。だけど、俺は話すのを止めるに止められなくなってしまっていたんだ」
「追い打ちをかけるように、『殺したその相手はお前の父親だ』って……そう言ってしまったんだ。俺は自分でも気づかないうちに重圧を背負ってたのかもしれない。早く全部言って楽になってしまいたい、って気持ちが少なからずあったんだと思う」
「麻唯の見る目は変わった。まるで得体の知れない者を見るような目つきで、俺のことを覗き始めたんだ。そこには、これまであったある種の同情のような念は消えていて、代わりに拒絶に近い感情が浮かんでたよ」
そう口にする将人は、今までの中で一番苦しそうな表情を浮かべる。
ここまでは責任感から打ち明けてきた部分もあったのだろう、と哲矢は思う。
だが、ここから先話す内容は、彼にとって苦痛を伴う作業に違いなかった。
「…………」
哲矢は口を挟むことができない。
ただ、将人が口にするその一言一言を聞き逃さないように努めるだけだ。
それが自分の役目であると、分かっていたのである。
一度白い息を吐き出すと、将人は続きを口にし始めた。
「そこからは、もう一気に話した。中等部一年の時、麻唯が学園をよく休むようになってから家庭内暴力の噂を聞くようになったってこと。なんの力にもなれないことにずっと無力さを感じてたってこと。これ以上、麻唯に辛い思いをさせたくないって強く思ったこと……。全部、きちんと心を込めて話せば、想いは伝わるはずだって思ったんだ。だけど……俺のその考えは甘かった」
「麻唯は堰を切ったように自分の気持ちを口にし始めたよ。『そんなはずはない、父は会社の不正がバレることを恐れて蒸発したんだって』、ずっとその一点張りだった。それからは俺がなにを言っても無駄だった。麻唯は耳を塞いで騒ぐばかりで、もう俺の言葉は届かなくなってしまっていた」
「……だから、俺はつい殺人に手を染める決め手となった動機を口にしてしまったんだ。『俺たちは血の繋がった兄妹なんだよ!』って……。その時の俺は、有りのままの事実を伝えることが麻唯に対する誠意だって思ってた。いや……そう信じ込もうとしてたんだ」
「将人……」
正直、もう聞いていられない、という気持ちだった。
将人の感情がぐちゃぐちゃになってしまっているのが哲矢にははっきりと分かったのだ。
だが、ここで彼を止めることはできない。
哲矢は、将人の言葉を一言一句聞き逃さないように彼を真っ直ぐに見つめ続ける。
「……それを聞いた麻唯は、態度を豹変させた。顔は恐怖で歪み、勢いよく椅子から立ち上がると、全身を震わせて俺から逃げるように後退った。『来ないで! あなた誰っ!? 将人を返してよ!』って、はっきりそう言われたよ」
「俺はなんとか落ち着かせようって思って麻唯に近寄ろうとするんだけど、結果的に俺は麻唯を窓際まで追い詰めてしまっていた。俺が手を伸ばすと、麻唯は開いた窓に背中をつけて、さらに興奮気味に叫んだ。『それ以上、近づかないで!!』って……」
「その時、俺は自分のした行為を完全に否定されたような気がしたんだ。それでも……なんとか分かってもらいたかった。俺は、麻唯をこんな風に傷つけるために殺人を犯したわけじゃないんだって。麻唯を救いたかっただけなんだって。だから……。俺は麻唯の言葉を無視してさらにその手を伸ばしてしまった」
「『危ないっ!!』って、思った瞬間にはもうすべてが遅かった。麻唯は体を仰け反らせて、そのまま外へと投げ出されてしまった。まるで、すべてがスローモーションのように見えた……。窓枠の手すりを越えて、麻唯が落下するさまを……俺はこの目ではっきりと見たんだ……。俺が麻唯を落としてしまったんだ。これが……あの日に起きた出来ごとの真相なんだよ」




