第341話 2月29日
何かを誤魔化すように作業に没頭し始める将人の姿を目に収めながら、哲矢は改めて考えを巡らせる。
今の強い口ぶりから察するに、やはり彼は自らの手で殺人を遂行したと考えてまず間違いなさそうであった。
あとは、本当にその証拠となる男の骸骨でも見つかれば、残念だが将人がこれまで話したことはすべて真実ということになる。
しかし、証拠が見つかる絵を哲矢は上手くイメージすることができなかった。
彼の話がリアリティに富んでいることは確かであるが、それが現実と繋がらないのだ。
(男……)
先ほどから将人がしきりに口にしている人物。
一体どこの誰なのか。
第二の疑問はまさにそれである。
それがよく分かっていないからこそ、哲矢は上手く想像することができずにいた。
真っ先に哲矢の頭に思い浮かんだのは、その男とは将人の父親ではないか、という可能性だ。
しかし、彼の父親は去年の夏頃に福岡で亡くなっているはずである。
将人がその男を殺したと主張しているのは、4年前の閏日――つまり2020年2月29日のことである。
ふと、その時――。
(……っ、なんだ?)
何か引っかかるものを哲矢は感じる。
(……閏日……2月29日……)
そこに重要な何かが隠れているような、そんな感覚がするのだ。
だが、それが何なのか。
結局、哲矢には分からなかった。
とにかく……と、哲矢は頭を切り替える。
場所も時期も合致しないため、将人の父親は候補から除外してまず間違いなさそうであった。
(なら、学園の生徒って可能性は考えられないか?)
しかし、これもまた可能性は低いように感じられた。
これまでの間、宝野学園で行方不明になった男子生徒がいるという話を哲矢は聞いたことがなかった。
もちろん、哲矢が知らないだけでそういった事件が実際に起こっていたのかもしれないが、将人がその男のことを〝大人〟と口にしていたことから考えても、生徒もまた候補から除外しても問題なさそうだ。
残る可能性があるとすれば教師の誰かである。
もし仮に、それが社家と親しい間柄の者であったとすれば、社家が大貴に手を貸して将人に罪を擦りつけようとしたことも納得できる。
だが、それもまた、確信を持って将人に迫れるほどの根拠があるものではなかった。
(……ダメだ。分からない)
それ以上は何の候補も哲矢は思い浮かばなかった。
こんな風にして考えを巡らせて哲矢が思うのは、将人のパーソナルな部分について実はほとんど何も知らないという事実であった。
シャベルを掴み、土を掘る作業を再開させるも、哲矢はすぐにその手を止めてしまう。
こんな中途半端な気持ちのまま作業を進めても集中することはできないと思ったのだ。
(やっぱり、ちゃんと確認しよう)
この際、疑問はすべて解いておく必要がある、と哲矢は思う。
大きな雨粒が木々の葉を伝って将人の体に容赦なく降り注いでいた。
それをものともせず、彼は目の前の作業に全神経を集中させている。
幾分、改めて声をかけることは躊躇われたが、哲矢は思い切って二つ目の疑問を彼にぶつけることにした。
息を大きく吸い込むと、タイミングを見計らってそれを口に出す。
「……ま、将人……。悪いがもう一つだけ質問させてくれ。お前が探してるその男ってのは……一体誰なんだ?」
その声がきちんと将人の耳に届いているかは怪しい。
彼は哲矢の言葉に反応を示すことはなく、集中して辺りの土を素手で掘り返し続けていた。
ざざ降りの雨音に混じって荒々しい息遣いが返ってくる。
ただそれだけだ。
このような時間は得てして永遠とも思えるほど長く感じられることを哲矢は知っていた。
だが、必ず答えは返ってくるという確信が哲矢にはあった。
あの焼けた紙切れを彼がわざわざ見せてきたのは、4年前の殺人の事実を皆に知ってもらいたかった、という思惑が働いたためであると分かっていたからだ。
証人になってもらいたい、とまで言ったのである。
雨の影響でさらに光が弱まった心許ない懐中電灯を握り締めながら、哲矢は彼の返答を辛抱強く待った。




