第34話 聞き込み開始
哲矢は駅から真っ直ぐに続くデッキの上を迷いながら歩いていた。
同世代の若者たちの姿を見かけるも、なかなか声をかけることができない。
そのままグズグズ歩いていると、高さ10メートルはあろうかというほどの幅広い大階段にぶつかる。
ちょっとした好奇心からそれを登ってみると、階段の上には巨大な森林公園が広がっていた。
「こんな場所があるのか」
その規模に哲矢はちょっとした感動を覚える。
近くの案内板には公園の名前が記されていた。
「桜ヶ丘中央公園ね」
哲矢はそのまま当てもなく公園の中心へと向けて歩き出す。
すると、すぐに大きな池が見えてきた。
それを囲うように美しい芝生が続き、街のシンボルでもある市役所の巨大タワーも臨め、そこからの景色は圧巻であった。
さすがに日曜日ということもあってか、公園には様々な人たちが集まっていた。
子供連れの若い親子。
手を繋いで歩くカップル。
ランニングをしている中年の男。
犬を散歩している少女。
ベンチに寄り添う老夫婦。
男女ペアではしゃぐ大学生らしき集団。
それぞれ好きな時間を満喫しているようだ。
そんな中――。
「……あれは」
見覚えのある顔がその景色の中に含まれていることに哲矢は気づく。
ベンチに座る三人の女子グループ。
彼女らの姿を見て『クラスメイトだ』と哲矢はとっさに思った。
もちろん、哲矢は三人と話をしたことはない。
教室で何度かすれ違ったことがあるくらいだ。
(どうする? 声をかけるか?)
躊躇してしまい、なかなか足が前に出てくれない。
幸いにも女子たちはまだ哲矢の存在に気づいていなかった。
昼食を取っているのだろうか。
お昼時というには大分遅い時間ではあったが、彼女らはコンビニかどこかで買ったと思われるサンドイッチを仲良く頬張っていた。
それを木の影に隠れて見守ること5分。
(……って、なにやってんだ俺はっ!? 見守ってどうするんだ!)
先ほど誓ったことを思い出せ、と哲矢は自分自身に言い聞かせる。
(行けよ、克服するって決めただろ)
けれど、そう頭では思っていても体はなかなか言うことを聞いてくれない。
そうこうしているうちに三人は食事を終えたのか、ベンチから立ち上がると哲矢が隠れている方角へと歩みを進めてくる。
ヤバいっ見つかるぞ……と、そう思う哲矢であったがあることに気がつく。
(いや、これって逆にラッキーなんじゃないのか?)
わざわざこちらから赴く必要がなくなったのだ。
(ここで声かけなきゃ男じゃないぞ)
哲矢は自身を奮い立たせると、彼女たちが目の前を通り過ぎるのを木の影に隠れてじっと待った。
その距離が5メートル、4メートルと縮まっていく。
けれど、声をかけることのできる距離まで三人が歩いてきても、哲矢の体は固まったまま動かなかった。
(くそぉっ! こうなりゃもうヤケだぁ!)
哲矢は吹っ切れた。
素早く近くの植え込みに頭をぶち入れる。
「えっ? ちょっとなにあれ……」
それからすぐに彼女らの悲鳴が上がった。
植え込みから下半身だけを出す謎の男から逃れるよう、三人は一目散にその場を後にしてしまう。
これで正体もバレずに済んだと、妙な達成感を覚える哲矢であったが……。
(ん……? なんだ? なんか今、頭に触れたような……)
植え込みから体を出し、違和感の正体を手で探る。
すると、見たことのない昆虫が哲矢の頭の上に乗っていた。
「うぎゃああぁぁ~~っ!?」
そいつは何か液体のようなものを発射しながら地面に落ちる。
「あっマイマイカブリみっけ!」
近くで聞こえた子供たちの声が意識を失う直前に哲矢が耳にした最後の言葉となった。
―――――――――――――――――
瞼に微かな陽の光を感じる。
パタパタと何かを扇ぐような音も聞こえる。
「……うっ……」
哲矢が体を起こすと、額から濡れたタオルが零れ落ちた。
「あっ起きた」
まだ覚醒し切っていない頭で声のした方に目を向ける。
「……ぃっ!?」
目の前にいる者の姿を見て哲矢は驚いた。
先ほどの女子グループのうちの一人が近くでしゃがみ込んでこちらを見ていたからだ。
「えっと……大丈夫?」
ボーイッシュな声の彼女はそう口にすると、手にしていた大きな葉で扇ぐのをやめる。
おそらく介抱してくれていたのだろう、と哲矢はとっさに思った。
(そうだ、俺は気絶して……)
そのことを思い出しつつ、哲矢は自分の置かれているこの状況に緊張感を抱いた。
話したこともないクラスメイトの女子に声をかけられているという現実に顔が強張っていく。
哲矢は少しだけ体を震わせて身構えた。
「ねぇ、本当に大丈夫っ?」
そんな哲矢の様子が気になったのだろう。
彼女が顔を近寄せてくる。
心配そうに伸ばすその手を――。
「……!!」
哲矢は反射的に振り払って後退っていた。
(あ……)
気づいた時には遅い。
目の前の女子は少しだけ悲しそうに目を細める。
殴りたい気分だった。
こんな態度しか取れない自分を。
(最低だ……介抱してくれたのに)
見損なわれたに違いない、と哲矢は思った。
だからクラスメイトの誰からも声をかけられないのだ、と。
こんなことでは将人の事件に迫れるはずもなかった。
(クラスの女子とすらまともに会話もできないなんて……)
自分が情けなくなり、哲矢は立ち上がると「ごめん」とだけ口にして、足早にその場を後にしようとする。
だが、目の前の女子は食い下がるようにして諦めずにもう一度声をかけてきた。
「関内君っ! ……だよね?」
「…………」
その瞬間、哲矢は思わず立ち止まってしまう。
カーディガンの後ろ裾を掴まれてしまったのだ。
「あのさ、よかったら少しお話しない?」
哲矢は振り返ることができない。
こういう時どういう顔でクラスメイトと接すればいいのか、忘れてしまったからだ。
高校に入ってからの哲矢は、他者と距離を取って生活を送ることに慣れてしまっていた。
それはクラスメイトでも例外ではない。
むしろ、メイや花と自然に会話できていることの方が不思議なくらいであった。
本来の自分はこうなのだ、ということを哲矢は十分に理解していた。
後ろ裾に圧のようなものを感じる。
それは哲矢の動きをしっかりと封じていた。
場に彼女の強い意志が根を張っている。
「……分かった」
結局のところ哲矢に選択権はなかった。
諦めて振り返ると、彼女は裾を離してにっこりと笑うのであった。




