第339話 今、それを探す理由
シャベルを地面に深く突き刺すと、将人はそれを指して何でもなさげにこう続ける。
「それじゃ、さっそく手伝ってくれないか? 俺は素手で他の場所を掘るから」
泥まみれの手で顔を拭いながら、どこかタガの外れた目でそう口にする。
その表情は酷く歪んで見えて、哲矢の恐怖心は限界寸前のところまで膨れ上がるが、何とか震える脚を誤魔化し、頷くことに成功する。
「お、おう……」
将人から渡されたシャベルの取っ手に触れると、その瞬間、様々な憎悪の感情が哲矢の体内へ一気に流れ込んでくる。
(……くっ……)
4年前、このシャベルで将人は男を殺し、土に埋めたのだ。
普通ならそんなもの触りたくもない。
あまりにも常軌を逸した状況だ。
けれど、哲矢の神経はこの大雨の中すでに麻痺してしまっていた。
上空に顔を向け、大粒の雨と共に夜の冷たい空気を肺の中へ流し込むと、哲矢は先ほどから抱いていた疑問を直接将人にぶつけることにした。
彼の信頼を得た今、訊くならこのタイミングしかない、と思ったのだ。
少し離れた地点で陣を取り、しゃがんだまま素手で土掘りを再開させる将人の背中に向けて、哲矢は恐る恐る声をかける。
「待ってくれ、将人。まだ肝心なことが訊けてない」
哲矢がそう口にすると、将人はぽかんとした顔で聞き返してくる。
どうやら心当たりがまったくないようだ。
「なんのことだ?」
「その……男の死体――っていうか、骸骨を探してる理由だよ。そんなもの、今さらどうして掘り返す必要があるんだ? 殺人は誰にもバレてないんだろ? だったら、そのまま埋めておけばいいじゃないか」
もちろん、自分が倫理に逸れた発言をしていることは哲矢にも分かっていた。
だが、犯罪に加担する以上、この問いからは避けては通れない。
(それに……)
将人が最初に口にした〝忘れもの〟という表現にも哲矢は引っかかりを覚えていた。
辛抱強く将人の返答を待つ。
ザァザァと激しく降りしきる雨音がやけに耳について、彼が口にするまでの時間がとてつもなく長いものに哲矢は感じられてしまう。
しかし、永遠などというものはこの世には存在しない。
少しだけ寂しそうに口元を吊り上げると、将人は静かにこう口にするのだった。
「……違うよ。哲矢、キミは勘違いしてる。分かってないんだ」
まるで二人の間に開いた距離が心の距離であると言わんばかりの口調であった。
大雨に逆らうようにゆっくりと体を起こすと、彼は真っ直ぐに哲矢の目を見据えながら続ける。
「俺は、なにも完全犯罪を狙ってヤツを殺したわけじゃない。最初から罪は償うつもりだったんだ。さっき俺がキミたちにあの紙切れを見せたのはそのためさ。証人になってもらいたかったんだよ」
「証人……?」
ひょっとすると、将人はここまで自分がついて来ることを初めから予測していたのではないか、と哲矢は思う。
とすれば、まんまと彼の思惑に引っかかった形だ。
「わざわざ木箱を取りに戻ったのはどうしてだと思う? 殺した後、ヤツの死体を放置せずに埋めた方がリスクも低かったはずだ」
確かに……と、哲矢は思った。
誰にも見つからなかったからよかったものの、襲撃地点までわざわざ戻り、木箱をリヤカーの上に乗せて再び犯行現場へと向かうという行為は、将人に言われるまでもなくリスクが高過ぎる行為だと言えた。
(そこまで将人が木箱にこだわった理由は……)
そんな風にして哲矢が考えを巡らせていると、すぐに将人が解答を口にする。
「答えは簡単さ。いつかヤツの死体を取り出すつもりでいたんだ。証拠が失われていない状態でね」
「……だけど、そうやって最初から罪を償うつもりだったなら、どうしてわざわざ木箱に入れて土に埋める必要があったんだ? 殺害後、直接警察へ自首しに行けばよかったじゃないか」
「まあ、確かに哲矢がそう思うのも無理はないよな。でも、当時の俺にはそれはできなかったんだ。そうすることができない理由があったんだよ」
「理由?」
「そう、理由だ。けど……それもすべて終わったことだ。とにかく、今俺がヤツの死体を探してるのは、警察へ自首するためなんだよ」
「…………」
「これで納得してくれたか? 早いところ見つけなきゃいけない。俺は、確かめなきゃならないんだ……。さぁ、手伝ってくれ」
将人はどこかうわ言のように意味深な言葉を呟くと、哲矢の返事も待たずに再び素手で強引に土をかき出し始める。
それが、彼が今木箱の中身を探している理由のすべてであるようであった。




