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第338話 殺人の告白 その2

「怯えるヤツの顔面に目がけて俺はシャベルを今度こそ力の限りフルスイングした。そしたら、ヤツは絶叫してその場に倒れたよ。いくら体格のいい大男だったとしても、鉄の塊を思いっきり顔面に喰らったらひとたまりもない。ヤツは立ち上がる様子もなく、ぴくりとも動かなかった。それで俺は確信したんだ。ついに殺してやったんだって」


「…………」


「それから、俺は……。そうだ。息も切れ切れのまま、レインコートも靴もぐしょぐしょのまま、なんとか元に待機してた場所まで戻ったんだ。豊ヶ丘の森を出たら、すぐに見覚えのある風景が目に飛び込んできたから。ここから最初の襲撃地点まではそう離れてなかったんだよ」


「……ちょ、ちょっと待ってくれっ。お前、今でもどういうルートを辿ってこの公園までやって来たか覚えてないんだろ? だから、これまで闇雲に目的の場所を探して歩き回ってたんじゃないのか? でも、どういうことだよ。〝ここから最初の襲撃地点まではそう離れてなかった〟って。この公園の場所のこと、ちゃんと覚えてるじゃないか」


 そう哲矢が矛盾を指摘すると、将人は突然黙り込んでしまう。

 何か思うところがあるようであった。


 雨音に負けそうなくらいの小さな声で彼は答える。


「……どうしてかな。ちょうど今、話してて思い出したんだよ。ついさっきまでは、本当に死体をどこに埋めたのか、すっかり忘れてしまってたんだ」


「あのパン屋に死体の在処を書いた地図を隠してたことも忘れてたって? だから、最初からあの商店街へは向かおうとしなかった。そういうことなのか?」


「それも、川崎さんと色々探し回ってるうちにパッと思い出したんだ。そういえば、地図をどこかに書き残しておいた気がするって。それであのパン屋のことを思い出したんだよ」


「…………」


 不審な点は多々あるものの、将人が嘘を吐いているようには哲矢には見えなかった。

 もしかすると、男への執拗な追い回しが色濃く印象として残っているために、その他の記憶は薄れてしまっていたのかもしれない。


 どちらにせよ、多重人格者としての記憶の歪みが将人に影響を与えていることは間違いなさそうであった。


 哲矢は黙って彼の話の続きに聞き耳を立てる。

  

「……それで、俺は茂みに隠しておいた木箱をリヤカーの上に乗せると、再び豊ヶ丘の森へ向かった。園内の適当なところにリヤカーを置くと、俺は木箱を担いで斜面を登り、男が倒れてる地点まで戻った」


「それからその近くに土を深く掘って木箱の中に男の死体を入れ、蓋を閉めてからその上に土をかぶせて埋めた。俺は今、その木箱の中身を探してるんだよ」


 その話はリアリティに富んでいて、まるで自分が将人に代わって追体験をしているような錯覚に哲矢は陥っていた。


 だが、実際には哲矢は誰も殺していない。

 非日常的な空間に圧倒されているただの高校生に過ぎないのだ。


 ザァザァザァザァッ、ザァザァザァザァッ――――!!


 雨は彼の告白を盛り上げるようにその勢いを増していく。

 呼吸をするのも苦しいくらいの大雨で、視界もほとんど見えていない状態であったが、会話は不思議と成立していた。


 だから、彼の声がさらに小さくなっても、哲矢はそれを聞き逃すことはなかった。


「ただ……その時も俺は無我夢中だったから、どこにヤツの死体を埋めたのか。具体的な場所まで思い出すことができないんだ。この雑木林の斜面のどこかに土を深く掘って埋めたことだけは間違いない。これは本当だ。だけど、それ以上のことは……」


 将人がそう口にするように、実際に彼の周りには大小いくつかの穴が開けられており、その光景が彼の言葉の信憑性を高めていた。


 再び何かに取り憑かれたように土掘りを再開させる将人の姿を見つめながら、哲矢の中で新たな疑問が急速に膨れ上がっていく。


 そもそもなぜ、それを今掘り返す必要があるのだろうか。

 第一の疑問はそれであった。


 将人は一貫して〝今それをやらなければならない〟と口にしてきた。


 麻唯の転落事件が起こるまでは、将人は何ごともなく学園生活を送ってきたことから察するに、彼が行ったという殺人はまだ世間に発覚していないのだろう、と哲矢は推察する。


 ではなぜ、審判を間近に控えている今、自らの首を絞める真似をしなければならないのだろうか。


(いや……審判なんて関係ない)


 バレていない事件――つまり、完全犯罪を今さら掘り返そうとしている彼の心理が分からないのだ。

 

 哲矢はあえて冷静を装い、将人の隠れた思惑を探るべく、静かに言葉を絞り出す。


「お前がなにを探してるのかはよく分かったよ。それがこの近くに埋められてるってことも理解した。まあ、あの紙切れを見た時から大体の予想はついてたけどさ」


 もちろん、それは虚勢であった。

 確かに〝シタイノアリカ〟という文字を見て、最悪の結末を予想していたことは事実である。

 だが、将人本人の口からその言葉を聞くまでは、哲矢の中ではまだ半信半疑の状態であった。


 やがて、彼から本当にその言葉を聞くことになるわけだが、それは思っていた以上に生々しいもので、哲矢は少なからずショックを受けた。


(……でも、そんなの当然だろ?)


 こんな大雨の真夜中に〝人を殺した〟と、それも相当の私怨を込められて告白されたら、誰だって動揺する、と哲矢は思う。


 しかし、哲矢はその戸惑いを一切表には出さなかった。

 動揺を顔に出してしまえば、この歪な状況下で将人と対等な関係でいられなくなる、と思ったのだ。


 結果的に哲矢の思惑は成功することになる。

 彼はどこか安堵したようにこう呟いた。


「そうか。受け入れてもらえたようで話が早いよ」


 おそらく、将人の中で自分のことは〝肝の据わった男〟と認識されたに違いない、と哲矢は思う。


(今はこれでいい)


 哲矢はさらに将人の本心に触れるため、動揺しない自分を演じ続けるのだった。

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