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第328話 パン屋に何がある?

 将人はズボンのポケットから先ほど彩夏から受け取った銀の輪で括られた三つの鍵を取り出すと、その中で一番大きな鍵を手に取り、目の前のシャッターの鍵穴にそれを差し込む。


「ちょっと手伝ってくれ」


 そう将人に手招きされた哲矢は、そのまま二人がかりで錆びついたシャッターを押し上げる。


 ギギギッ――。


 鈍い音とともに一つの店舗がガラス越しに姿を現した。


「おぉ……」


 古びたシャッターの外観からは想像できなかったが、中はわりと綺麗であることに哲矢は驚く。

 暗くて細部まではよく見えなかったが、棚やカウンターなどはそのまま現存されているようであった。


「昔はパン屋だったらしいんだ」


 将人は皆の疑問に答えるようにそう口にすると、今度は銀色の小さな鍵を使って店のドアを開ける。


「入って」


 片手でドアを支え、手招く将人の言葉に従って、哲矢たち三人は店内へと足を踏み入れた。

  

 中は思っていたよりも広くて暖かかった。

 何十年も前の温もりがそのままそこに留まり続けているような、そんな当時の記憶を感じることができる。


 哲矢たち三人には、手にした懐中電灯を使って辺りを照らし始める。

 こうして見ると店の輪郭がはっきりとしてきて、ここがかつてパン屋であったという話にも納得することができた。


「ここにそのヒントとやらがあるの?」


 将人のイメージする場所とこの場所に何の関係があるのか、いまいちピンと来ないのだろう。

 メイがそのように訊ねる。


「……どこ置いたっけな……」


 だが、将人の耳にその言葉は入らなかったようだ。

 うわ言を呟きながら、夢中で何かを探し回っている。


「あはは……ダメだね」


 花が苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「……ったく、なんなのよ」


 ようやくメイも将人の性格が分かってきたのだろう。

 もう何かつっこむようなことはなく、ため息を吐いてそのまま彼の行動を見守っていた。


 中腰で懐中電灯を振り回す将人は、カウンターを越えてその奥にある部屋の中へと入っていく。

 店の造りから察するに、奥の部屋がパンを焼き上げる工房として使われていた可能性が高い、と哲矢は思う。


 将人の後に続き、奥の部屋へと足を踏み入れる哲矢であったが……。


「な、なんだこれ……?」


 そこには工房としての面影は一切なく、まるで物置のように足の踏み場もないくらい乱雑に物が床に散らばっていた。


 そこに散らばっているのは、ほとんどが小学生などが使う玩具ばかりだ。

 電子ブロックやラジコン、おばけシューターやスポーツスタッキング用のカップ、最近でも新シリーズのアニメが放送されているトレーディングカードの束が無造作に置かれている。


 他にも野球のグローブやサッカーボール、フラフープや一輪車、簡易用の滑り台や組み立て式の鉄棒などもあった。


 将人は、入口から顔を覗かせる哲矢たちの気配に気づくと、それらの物に懐中電灯の光を当てながら、「ここは遊具の置き場だったんだ」と、懐かしそうに目を細めて口にする。


 この場にいる四人は生まれ育った地域も国も異なったが、子供の頃に遊んだ遊具にそれほどの違いはないためか、全員が同じような気持ちでその散らばった物に目を向けていた。

 

 だが――。

 その中でも2点ばかり違和感のある物が紛れ込んでいた。


 一つは公園のごみ回収などで見かけるリヤカーだ。

 それも大小の車輪が四つ並んでおり、鉄製の荷台部分は2メートルはあろうかというほどの巨大なものであった。


 パン屋の移動販売にでも使用していたのかもしれないと無理やり想像する哲矢であったが、やはり違和感は拭えなかった。


 二つ目のそれもかなりの長さがあった。


「これだ」


 どこか口元をニヤつかせながら将人はそれを両手で拾い上げる。

 1メートルくらいはありそうな鉄製の箱である。


 哲矢たちに一度隣りの部屋へ戻るように指示を出すと、彼はそれを大事そうに両脇に抱えたまま移動し、カウンターにそっと置く。


 将人はそこで再び銀の輪で括られた鍵の束を取り出すと、今度は一つだけ金色に塗装された鍵を手に取り、箱にかけられた南京錠にそれを差し込んでロックを解除する。


 箱の上蓋を慎重に彼が開けると、その瞬間大量の埃が店内に立ち昇った。


「ちょっ、ちょっと……! 埃っぽい!」


「ごほッ……ごほっ……」


 嫌がるメイと咳き込む花はそのまま一旦後ろに逸れてしまう。

 一方で将人はというと、そんな二人の様子に気遣う素振りを見せることなく、中に入っているものを物色し始める。


(……ん。なんだ?)


 暗くてよくは見えなかったが、何か道具のようなものが箱の中に入れられているのが将人の背中越しに確認することができた。

 わざわざそこに懐中電灯の光を当てるのもどこかプライベートに触れそうだったので、哲矢が躊躇していると……。


「――っッ!?」


 悲鳴にも似た短い呻き声を将人が上げるのに哲矢は気がつく。

 すぐさま背中越しから覗くように将人に目を向ければ、彼が何か分厚い紙の束を手にしているのが哲矢には分かった。

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