第326話 イニシアチブ
二宮が振り上げる金属バットがスローモーションのようにして見えるのが哲矢には分かった。
(くっ!)
哲矢はそれを直に受け止める決意を固める。
一撃さえ止めてしまえば、まずは二宮の足を止めることができると思ったのだ。
あとは、将人がメイと一緒に花を救い出し、彼女らを連れて先へ進んでくれるはず。
こんな絶望的な状況にもかかわらず、哲矢の目には今の将人の姿はこの場をどうにか切り抜けてくれるスーパーヒーローのように映っていた。
なぜそう見えたのかは分からない。
だが、今の彼には本当にそれができてしまうような雰囲気があった。
二宮によって振り下ろされた金属バットが寸前のところまで迫ってくる。
「テツヤッ! 逃げて!!」
花の悲鳴に混じって、メイの叫び声が聞こえてくる。
それが最後に哲矢の背中を押した。
自分しかこの場を守れる者はいない。
両脚に力を込めて、素手でそれを受け止める覚悟を哲矢は決める。
(あとは頼んだぞ、将人っ……!)
一方的な願望を彼に託し、衝撃に備える哲矢であったが――。
「やめなッ!!」
突如、そんな彩夏の大声が広場に響き渡る。
二宮が振り下ろした金属バットも寸前のところで停止した。
「華音も早く放すんだ」
「えぇ~。でもぉ……」
「もういい。十分」
彩夏がきっぱりとそう続けると、華音はちぇっと舌を出して花の体から手を離す。
「な、なんなんだよ……」
あまりに予想外の結末に哲矢はその場に尻もちをついて呆気に取られてしまう。
後ろで控えるメイも、解放された花も、同じように放心状態でその場に立ち尽くしていた。
けれど――。
ただ一人、将人だけは違った。
まるで、この結末を初めから予見していたかのように、一切の動揺を見せることなく彩夏の目を真っ直ぐに見据えていた。
そんな彼の姿を見て彩夏はフッと笑みを漏らす。
「生田、テメーやっぱ、あいつに似てるよ」
「最初からこうするつもりだったんだな?」
「さーね」
彩夏は将人のその問いには答えず、鼻を鳴らしてくるりと踵を返すと仲間たちに元へ戻るように指示を出すのだった。
そして、背中を見せながらこう続ける。
「さっさと行け」
あまりにも呆気ない幕切れに哲矢はまだどこか彼女の言葉を理解できずにいた。
そんな哲矢の思いをフォローするように将人が手を差し出してくる。
「先へ進もう」
そう彼に言われたことで哲矢はようやく立ち上がることができるのだった。
◇
ビッグスクーターにまたがった集団の横を哲矢たち四人は駆け足で通り抜けようとする。
そのすれ違いざま、後部シートに座った彩夏が声を上げた。
「待てよ」
彼女は将人に対して何かを投げつける。
器用にも将人はそれをしっかりと受け取った。
彼の手には銀の輪で括られた鍵があった。
鍵は全部で三つあるようだ。
「……これは?」
哲矢が彩夏に向けて訊ねると、彼女は種明かしをするようにこう口にする。
「もし制止を振り切ってでも行こうとする場合はそれを生田に渡すようにって、あいつの手紙と一緒に入れられてたんだ。生田ならその使い道が分かるだろうって。あとはテメーらの好きにしろ」
ぶっきら棒にそう言い放つと、彩夏は仲間たちにビッグスクーターを出すように合図を送り、ヘッドライトを光らせて爆音と共に夜のニュータウンの中へと消えていってしまうのであった。
その姿が完全に見えなくなるのを確認すると、哲矢は将人に向き直って訊ねる。
「入谷が言ってたことは本当なのか?」
「……ああ」
「その使い道が分かるんだな」
将人は三つの鍵をギュッと握り締めると、ゆっくりと頷く。
「分かった」
あとは何も口にするまい、と哲矢は思った。
今の将人の表情は一時間前に別れた時の彼の表情とは明らかに異なっていた。
〝あの場所に繋がるヒントを思い出したんだ。それはこの広場の先にある〟
そう確信めいた口調で口にした先ほどの将人の言葉が哲矢の脳裏に甦る。
メイも花も、若干緊張した面持ちでこの先へ続く道に目を向けていた。
「さあ、行こうか」
将人のその呼びかけが合図となる。
哲矢たち三人はお互いの顔を見合わせると、それぞれが決意したように頷いた。
集合場所には戻らない。
それが哲矢たちの出した結論となった。
再び懐中電灯を光らせて歩き始めた将人から逸れないように、哲矢たちはその背中をしっかりと追うのであった。




