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第324話 彼らの関係

「――大貴だけは違った。その頃のうちは、自分で言うのもなんだが学園一のワルで有名だったんだ。うちが凄めばどんなヤツでも大抵ビビッて逃げ出したが、あの男にはまったく通用しなかった。なんつーか、世の中を達観したような目してたんだ。うちと違って恵まれた家庭環境で育ったはずなのに、なんでこいつはこんな目してるんだって。それで、うちは大貴に興味持ったのさ」


「最初、あいつはワルさすることに慣れてねー感じだった。うちが色々教えてやったんだ。そもそも、高等部に上がるまではまったく印象に残ってねーくらい大貴は影の薄いヤツだったんだ。親父が市長に当選しなかったらあいつの存在すら気づかなかっただろうよ」


「けど、あいつの親父は桜ヶ丘市の市長になった。利用できるって思ったぜ。この男を盾にしときゃ、学園では自由の身だって。大貴も大貴でうちを必要としてきたから、結果的にはウィンウィンの関係ってやつだ」


「大貴を盾にすりゃ教師の連中もへこへこする。こいつが傍にいればなんでもアリだって思った。けど、うちにも読めねーことがあった。あの男の本心だ。あいつが心の底で本当はなに企んでんのか、全然分からねーんだ。だから、うちはそれを確かめたくって大貴の傍に居続けた」


「けど……んなもん、あいつとずっと一緒にいたとこで分からねーんだよ。大貴はな、仲間のうちらにも絶対心を見せなかったんだ。次第にうちはそれを不気味に感じ始めた。どんなに近づこうって思っても、あいつを覆う薄い膜みてーなもんに邪魔されて、本心には触れられねーんだ。結局、うちは怖くなって大貴から逃げてた」


「……彩夏さん?」


 傍で控える華音が心配そうに声を上げる。

 彼女の口調がどこかおかしいことに気づいたのだろう。

 背後で構える男たちにしても、その微妙な変化を敏感に感じ取っているようであった。


 場の空気が変わり始めていた。

 ふと、胸倉を掴む彩夏の手が弱まるのを哲矢は感じる。


 どこか自身と葛藤するように、彩夏は静かに告白を続ける。


「……3日前のあの日、夜遅くに警察に釈放されて団地に帰ったら、部屋のポストに大貴からの手紙が入れられてた。そこには、鑑別局から出てきた生田をしばらくの間監視してほしいって内容が書かれてた。もし、ある場所から先へ進もうとすんならそれを止めてほしいってな」


「たったそれだけだ。手紙の中にはうちらの罪を一緒に背負った理由も書かれてなかった。正直、意味不明だったぜ。なんでこんなことをうちに頼んできたかも謎だ。うちはあいつに罪を擦りつけるつもりでいたんだ。最後に色々利用してやろって考えてた」


「もちろん、大貴もそのことに気づいてたはず。うちなんかより、三崎口のバカどもに頼った方が余程信頼できただろーよ。だが、大貴はうちにそれをやらせようとした。当然、無視することも考えたさ」


「けど、ふと思ったんだ。これはあいつなりのケジメのつけ方なんじゃないかって。だから、大貴はそれをうちに頼んできたってな」

 

 彩夏はそこまで口にすると、哲矢から手をスッと離す。

 反動で転びそうになる哲矢を将人がしっかりと抱き止める。


 そのまま彩夏は上空に浮かぶ分厚い雲を見上げながらこう吐露した。


「それが分かった瞬間……ようやくあいつの心が見えたような気がしたんだ。だからよ。大貴の〝最後〟の頼みを聞こうって思っただけで――」


 その一瞬、彩夏の口元に柔らかな笑みが灯るのを哲矢は見逃さなかった。

 そこには何にも拘束されないただ一人の少女が立っていた。


 残像とも言えるそんな彼女の姿を見て哲矢はふと思う。


 やはり、彩夏は大貴に対して好意を抱いていたのではないだろうか、と。

 ただ単純にそうした思いから大貴に近づこうとしていたのではないか、と。


 突拍子もなく思えるそんな仮定を哲矢は真面目にあり得ると感じていた。

 けれど、彩夏の笑みが崩れ去ったことにより、哲矢はそれ以上の結論を出せなくなってしまう。

 

 気がつけば、彩夏は再び視線を哲矢たちの方へ戻していた。

 その表情はこれまでのものと変わらない。

 眉間に皺を寄せ、威圧するように凄みを利かせてくる。


「――それ以上の理由なんてねぇーんだよ。もう下手な誤魔化しが通用すると思うな。今すぐにどうするか結論を出せ。いつまでも待ってるほどお人好しじゃねぇんだぞッ!」


 それで彩夏の話はひと通り終わりであるようであった。

 あとは哲矢たちが判断をする時間となった。

  

 首元に手を当ててその場にしっかりと足をつけると、哲矢は改めて仲間の方を見やる。

 

 メイと花は同じように顔を曇らせていた。

 二人とも彼女らの非道さを知っているだけあってその表情は硬い。


 体も硬直しているのか、素直に反論することができなくなっているようであった。

 それは、恐怖を間近で体験した者だからこそ、陥ってしまう罠でもあった。


 かくいう哲矢も、二人と同じように彩夏の言葉に逆らうことができずにいた。

 ここで無理を押し切って先へ進もうとすれば、間違いなく悲惨な未来が待っている。


 特に中井が控えている以上それなりの結果を覚悟しなければならない、と哲矢は思う。


 洋助や美羽子の助けが来る可能性も低い。

 そもそもこんな真夜中のこんな場所で誰かの助けが来るとは考えられなかった。


 彩夏たちもあえてそこを計算に入れて、この広場で足止めを行ったのだろう。

 そう考えると、結論ははっきりとしていた。


 将人は何かを思い出してこの先へ進もうとしていたのかもしれないが、どの道タイムオーバーなのだ。


 ふと腕時計に目を落とせば、時刻は23時2分を指していた。

 約束の時間も過ぎてしまっている。


 このまま彼女たちと衝突すれば、身の危険どころか再び警察の厄介になる恐れがあった。


(どう考えても答えは一つだ)


 だとすれば、彩夏がまだこちらに判断を委ねているうちに立ち去った方が賢明に違いない。

 けれど、そんな哲矢の考えを遮るように将人が一人皆の前に出て高らかに反論する。

 

「――上等だよ、入谷。俺は前に進む」

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