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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月7日(日)
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第32話 ご令嬢、華麗につき

 支度を終えた哲矢は再びリビングへと顔を出す。

 すると、そこにはすでにメイの姿があった。


 フェイスマスクをした彼女はソファーに腰をかけて紅茶を啜っている。

 ワインレッドのガウンを羽織って寛いでいる姿はまさにセレブそのものだ。


「遅かったわね」


 メイは哲矢の顔を見ると一度眠そうにあくびをした。


「……なんなんだ? これは」


「フェイスマスクしてるんだけど」


「そうじゃねーよっ!」


「?」


 彼女がわざと言っているのか天然なのか、哲矢はたまに分からなくなってしまう。


(というか、昨日のパーカーにジャージって恰好との落差がひどいな)


 けれど、偉そうに寛ぐメイが様になっているのもまた事実であった。

 もしかすると、本当は良いところのお嬢様なのかもしれない。

 妙な敗北感を味わいながら哲矢は仕方なく向かいのソファーに腰をかける。


「川崎さんに会いに行くんだろ?」


「ええ。だからこうして待っていたんだけど」


「全然出発できそうな雰囲気じゃないんだが」


「美容と健康のためよ」


「なに優雅に保湿してんだっ!」


「大丈夫。手は考えてあるわ」


 メイはそう口にしながら体を少しだけ起き上がらせる。


「なんだよ。手って……」


「ハナの住まいは知ってるの?」


「いや? そういえば聞いたことがないな」


 花とはプライベートなやり取りは一切していない。

 連絡先さえ知らないのだ。


 それによく考えれば今日は休日だ。

 外出している可能性も当然考えられた。


「でも、学園に行けばそれも分かる」


「あんたって本当におバカね。今日は日曜日よ?」


「そんなことは分かってるよ。別に今日会わなくても明日学園で会えばいいじゃないか」


「そんな悠長なこと言ってる時間なんてない」


「うっ……まぁ、そうだけどさ」


 確かにメイの言っていることは正論だった。

 だが、それを口にしたところで問題が解決するわけでもない。


「じゃそっちは川崎さんの連絡先知ってるのか?」


「私が言ってるのはそういう具体的な方法じゃないわ」


「どういうことだよ」


「kill two birds with one stone.」


「き、……なんだってっ?」


 英語はそこそこできる哲矢であったがそれも教科書レベルでの話だ。

 ネイティブの発音で言われてしまうとさすがに聞き取れなくなってしまう。


「一時間後、改めてここに集合した時に教えてあげる」


「急いだ意味ねえじゃねぇかっ!?」 

 

 メイはソファーから立ち上がると、紅茶の入ったマグカップを手にしたままリビングを出て2階へと上がっていくのであった。




 ◇




「きっちり一時間かけやがった」


 メイが再びリビングへと降りてくる。

 この間、哲矢は爪を切り、歯を磨き、シャワーを浴び、あくびを15回くらいして腕立てと腹筋をそれぞれ50回2セットこなした。

 意外に充実した時間だったことは伏せておく。


「さ、行きましょ♪」 


 リビングに現れたメイの恰好はなかなかに魅力的だった。

 フレアワンピースにサングラス、キャペリンハットを被っている。

 黒系色で統一されたその身なりはとてもクールだ。


 ブロンドの長い髪を綺麗に編み込んだセミショート風の髪型も映えて、ハリウッドの若手女優顔負けの雰囲気を作り出している。

 街に出ればまず目立つこと間違いなしだ。


 一方の哲矢はというと、白のワイシャツにブルーのカラーカーディガン、ベージュのチノパンと至ってシンプルな恰好だ。

 容姿も整った彼女の隣りを歩くことはもはや拷問に近いだろう。


「それでどこに行くんだ?」


「そうね。まずは羽衣駅まで歩きましょう。本当はタクシーでも使いたいところだけど」


「五千円しかもらってないのに無理だよ」


「分かってるわ。ただ言ってみただけ」


 そんな会話をしながら二人で玄関まで歩く。

 まだ外にも出ていないのに哲矢の心臓はドキドキと鳴りっぱなしであった。


 当然と言えば当然だ。

 こんな美少女と並んで歩く機会など早々ない。


 メイはそんな哲矢の悩みになどまったく気づく様子もなく、無防備な姿でパンプスを履いていた。

 膝丈から伸びた透けるような白い肌に思わず哲矢は目を奪われそうになる。

 全身の血の巡りが加速していくのが分かった。


(お、落ち着けっ……。メイはただのパートナーだろ? 変に意識するなって。相手は野菜だ。にんじん、なす、かぼちゃ、レタス……)


「なにそこで固まってるの?」


 玄関のドアを開くメイがジト目で睨みつけてくる。


「い、いやっ! 今日もいい天気だなぁって思ってさ。ははは……」


「まあ確かにね。ここのところ雨も降ってないし」


「そうそう! 雨なんか降ったら桜も散っちゃうからこのままがいいよな」


「けれど、予報だと明日は雨みたいよ」


「マジかっ! それだと桜もいくらか散っちゃうかもなぁー」


 意識を遠ざけることに夢中で彼女との会話がほとんど頭に入ってこない。

 

(こんな調子で一日過ごすわけにはいかないぞ……)


 このままではダメだと思った哲矢は、そこで一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 天を仰いで青空に目を向けると、次第に冷静さが戻ってくるのだった。

 

「それじゃ出発しましょう」


 そう言ってメイが先頭に立って歩き始める。

 その姿は誰もが足を止めて二度見してしまうほどのオーラに満ちていた。

 並んで歩くだけでも緊張してしまう。


 だから、哲矢は自衛のためにこんな忠告を彼女に投げかけた。


「あ、あのさ……あまり目立った行動は取るなよな」


「……? べつに普通に歩いてるだけだけど」


「まあそうなんだけどさ。だけど、ただでさえ……そのなんだ。目立つからさ」


「……ふーん? ま、いいけど。褒め言葉として受け取っておくわ」


 とにかく目立つ行動は控えよう、と哲矢は思う。

 そうすればそのうち慣れてくるはずだ。

 そう思い、駅までの道をメイと並んで歩く哲矢であったが……。


「きゃぁ~~っ!?」


「手洗えな~いぃっ!」


「握手してもらっちゃった……」


 その道中、小学生らしき女の子の集団に囲まれてしまう。

 意味もなくはしゃぐ少女たちに対してメイは素っ気なく握手をしていく。

 どこか手慣れているように見えるのは気のせいだろうか。


「おい待てっ! さっそく目立ちまくってんじゃねーかっ!?」


「だって仕方ないでしょ? 向こうから近寄ってきたんだから」


「だからって握手なんかするなよ。インフルエンサーかなにかと勘違いされるだろ」


「ふふっ、それも悪くないわね」


 そう口にするメイは満更でもない様子だ。

 哲矢の悩みの種は増えるばかりであった。

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