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第319話 ビッグスクーター集団、再び

 それからしばらくの間は哲矢に大人しく手を引かれていたメイであったが、徐々にこそばゆくなってきたのだろう。


「もういいから」


 照れ臭そうに哲矢の手を弾くと、またいつものようにつっけんどんな彼女へと戻っていた。

 投げやり気味に先を歩き始めるメイの後を追いかけながらさらに進むと、第五区画のちょうど最南端に辿り着く。


(22時20分か……)


 腕時計に目を落としながら、哲矢はこの後の予定を試算する。


 ここから北上しながら公園を中心に将人のイメージに合う場所を探すとして、集合場所である桜ヶ丘中央公園までの移動時間を引けば、探索にかけられる時間は大体30分くらいが限界だろう、と哲矢は思う。


「メイ、もう一回スマホ見せてくれないか」


「……いいけど」


 まだ二人の間には気恥ずかしさのようなものがあったが、今は探索に集中すべき時であった。

 大小10ヶ所ある第五区画の公園をどこから順番に回っていくかを哲矢はメイと一緒に検討する。


「一番近いとこから回ってくか?」


「でもそれだと無駄足になる可能性が高いわ。マサトはその公園は小山になってるって言ってたわよね? だったら、それなりの規模であるはずよ」


「そっか。じゃあ、一番大きい公園から探すか」


 だが、改めて地図を覗くと、一番大きい公園は第五区画の最北端――つまり、この場所から一番遠いところに存在した。

 線路沿いにあるところから見ても、ここから瓜生駅まで戻るくらいの距離がある計算だ。


 ただ、この場でぐだぐだと悩んでもいられない。

 結局、規模の小さい公園は除外して、最北端にある一番大きな公園を目指しながら他の公園も確認していくことで二人は合意した。


 しかし――。

 実際に探索を始めてみると、明らかに時間が足りないことに哲矢は気がつく。


 早歩きで探しているつもりであったが、1ヶ所回るだけでもちょっとした時間を取られてしまうのだ。

 最終的には一番大きな公園に辿り着くことはおろか、3ヶ所ほど確認したところで予定の時刻となってしまう。


 目ぼしい場所を見つけることなく、散々な結果となってしまった。

 桜ヶ丘ニュータウンの規模を甘く見ていたことを哲矢は痛感する。

 この調子だと他のチームもあまり期待できないかもしれない。


 ひとまず、これ以上時間を使うことはできなかったので、哲矢とメイは集合場所である桜ヶ丘中央公園へ向けて歩き始めるのであった。




 ◇




 コツ、コツ、コツ、と。

 二人の足音が夜のニュータウンに響く。


 この間、哲矢たちの間に会話は一切生まれなかった。

 だが、この時にはすでにお互いの中にあった気恥ずかしさは消えてなくなっていた。


 その空気は居心地の悪いものではなく、むしろ心地いいとさえ感じるから不思議だ、と哲矢は思う。

 結果が出ずに本来ならば沈んで然るべきところであったが、どことなく哲矢とメイの間には達成感にも似た雰囲気が漂っていた。


 ただ、実際の二人は、補導すれすれの時間を急ぎ足で歩いているいち高校生に過ぎない。

 ランニングや犬の散歩をしている人とすれ違う度に怪訝な目をされる。


 当然、宝野学園の制服を着て懐中電灯を振りながら二人で歩いていれば目立つ。

 彼らの反応はごく真っ当なものであった。


 とにかく、早く皆と合流しないと……と、哲矢は思う。

 23時はすぐそこまで迫っていた。

 

 根のように張り巡らされた団地と団地の間の歩道を早歩きで進んでいくと、前方に十字路の広場が見えてくる。

 そこを右折してさらに直進すれば、桜ヶ丘中央公園は目前であった。


「あと少しだ。急ごう」


 そうメイに声をかけてそのまま急ぎ足で広場を突っ切ろうとする哲矢であったが……。


(――?)


 ふと、前方に揺れる二つの光に気がつく。

 懐中電灯を点けながら目の前を横切ろうとする人影が見えたのである。


 まだ遠くてはっきりと視認はできなかったが、その者たちが将人と花であることを哲矢は直感する。


「花たちだ」


「えっ」


 横に並んで歩くメイにそう告げると、哲矢は同じように手にしていた懐中電灯を大きく振って彼らに合図を送ろうとする。

 だが――。


 妙な違和感が哲矢にそれを止めさせた。


(……っ? なんでそっちに向かってるんだ?)


 十字路の右から現れた彼らが向かおうとしているその先は第三区画である。

 いわば、桜ヶ丘中央公園とは真逆の方向なのだ。

 集合時間まであと数分というところで、目的地とは真逆の方向に向かっている理由が哲矢には分からなかった。


 そんな疑問を抱いていると、さらに予想外の出来ごとが哲矢たちの目の前で展開される。


 グュルルルルルルルッッッーー!!


「……っ!?」


エンジンの空噴かしと共に、突如、ビッグスクーターに乗った集団がヘッドライトを光らせて十字路の左から姿を現したのだ。

 まるで、この広場に来るのを待ち構えていたかのように、集団はマフラーから爆音を立てながら将人と花の前に躍り出るのであった。


 その光景を目にして哲矢はハッとする。


(あの時と同じだっ……!)


 先週の日曜日、花と二人でビッグスクーターの集団に取り囲まれた時のことは忘れもしない、と哲矢は思う。

 また大貴が襲ってきたのかと一瞬思う哲矢であったが、それはあり得ないことにすぐに気づく。


 今、彼は練馬にある特別少年鑑別局へ身柄を移されている。

 大貴がこの場にいることはあり得ない。

 三崎口たちという可能性も考えられたが、メイや美羽子たちを助けた彼らが今さらそんなことをするとは思えなかった。

 

 今回、ビッグスクーターの数は全部で3台で、その内の2台は二人乗りがされていた。

 全員で五人だ。

 皆一様に黒のパーカーを羽織り、フードを目深に被っている。


 周囲も暗く、距離があって顔はまるで見えなかったが、その体格から性別だけは判別することができた。

 

(男が三人に、女が二人……)


 将人は花を庇うように手を前に出して、行く手を阻むビッグスクーターの集団から彼女を守ろうとしていた。


 ブブブブブゥゥゥン、ブブブブブゥゥゥ、ンンンッッーーーー!!


 やがて、黒ずくめの集団は爆音を巻き散らしながら二人の周囲を旋回し、挑発行為を始める。

 後部シートに座ったうちの一人の手には金属バットが握られており、それを盾にして集団は威嚇を行っていた。


 あれでは将人もどうすることもできないだろう、と哲矢はとっさに思う。

 だが、幸いにも集団は哲矢とメイの存在にはまだ気づいていないようであった。


「テ、テツヤっ……」


 点灯させていた懐中電灯を瞬時に消灯させてメイが不安そうに訊ねてくる。

 哲矢もすぐに懐中電灯の明かりを消した。


「俺が助けに行く。メイはここで待っててくれ」


 身近に転がっていた小石をいくつか手に取ると、哲矢はメイをその場に残し、広場の中心に向けて駆け出す。


(一か八かだ!)


 手にした小石に力を込めると、旋回を続ける集団に向けて哲矢はそれを大声と共に振り投げた。


「やめろぉぉぉ~~!! お前らあぁぁぁっーー!!」


 次の瞬間、ゴンッという鈍い音が返ってくる。

 おそらく、小石が集団のうちの1台の車体に当たったのだろう。

 暗闇の中であったため、彼らは哲矢の一投と小石の軌道が読めなかったようであった。

 

 すぐに異変を察知したのか。

 集団は旋回を止めると、足並みを揃えて舵を取り、再び将人と花の行く手を阻む形でその場に停止する。


「て、哲矢君っ!?」


「二人とも大丈夫か!」


 哲矢が将人と花の元に駆けつけたちょうどそのタイミングで、集団のヘッドライトが一斉に向く。

 その眩い光が哲矢たちの輪郭をすべて暴き出した。

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